宝箱集配人は忙しい。
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ギルド長が本気で、その言葉を言ったわけではないとわかっていた。
でも僕は、この提案をひどく魅力的に感じてしまったんだ。貴公子が充分過ぎるほど有能な人だと知っている。ドラゴンも、創造主に会いたいだろう。
なにより、古代の叡智が眠る迷宮を、本来の持ち主に返すことができるのなら。
(……なにを考えてるんだ、僕は)
ギルド長に導かれた閃きに夢中になりかけて、唐突に、僕は我に返った。これは冒険者ギルドが結論を出すべき事柄だ。自分を戒めて、ぎろりとギルド長を睨む。
「いたいけな僕を惑わさないでください。危うく本気にしたじゃないですか」
「ふふん。いつもなら、もっとそつなく振る舞えるおまえさんが、珍しく弱っておるからな。そうなると突きたくなるのは、老人のサガじゃろ」
「ギルド長として、古代人らしき人物が現れたことをどうお考えなんです。ドラゴンが計画を中断させるかもしれない、と、秘書どのは言っていましたが」
厄介な発言を無視して、僕がそう訊ねると、ギルド長は顎を撫でた。
「ギルド長として、聞いておきたいのう。現場の人間として、どう考えているのじゃ」
「中断はできませんよ。ここまで冒険者ギルドが費やした投資額を思い出せば、いまさらです。計画の中断など受け入れられるはずがない。迷宮探索システムもこの二十年で周知され、王家にも受け入れられている。もっとも、損切りという概念を適用させるなら。この先、この計画を続けて、充分なリターンが得られぬということなら、中断もひとつの判断だと思いますが、今はその段階じゃあない」
「そうじゃな。いま、迷宮探索を禁ずれば、最下層にも到達できてないのになぜ、と多くの者が不審に思うばかりであろうしな。そして、かのドラゴン嬢は協力者である我らの意向を無視するような御仁ではない。じゃが、元王太子どのはそれがまだわからぬらしい」
「宝箱管理室に赴任してきて、まだ一ヶ月も経っていませんからね」
「そのような新参者に、室長の座を譲ろうとしたことを反省するように」
うぐ。もっともな言葉に、僕は唇をへの字に曲げた。
確かに僕は、いろいろと弱っていたみたいだ。結果、秘書どのにも甘えてしまって、ずいぶん呆れさせてしまった。室長として反省すべき点である。
(いや、ちがうか)
秘書どのは呆れてしまったわけじゃないな、と、思い違いに気づいた。どう見ても哀しげな表情をしていた秘書どのを思い出して、僕はそわそわと落ち着かない気持ちになる。
奇妙なものだ。呆れられても平然としていられるけれど、哀しませたと知ったら申し訳ない、落ち着かない気持ちになるのだから。
「きのこおろしポン酢ハンバーグ定食」
唐突に、ギルド長がそう言った。僕を首を傾げると、ギルド長はゆったり苦笑する。
「今日の日替わり定食じゃよ。そろそろ行かねば、食いっぱぐれるぞ。はよう食べて、はよう職務に戻るがよい。詫びを入れねばならぬのじゃろ?」
そうだった。僕は空腹だったのだ。
だから僕も苦笑を浮かべて、ギルド長に頭を下げた。一礼したあと、踵を返して食堂に向かう。せわしなく足を動かした理由は、ハンバーグが楽しみだから、ではない。