宝箱集配人は忙しい。
52
「おや、室長さん」
たどり着いた食堂には、もうほとんど人はいなかった。
さっき、鐘が十四個鳴っていたんだ。食堂のおばちゃんは、いつもの注文口ではなく、がらんとしている食堂のテーブルを拭いていた。
やばい、と思ったね。もしかしたらもう、日替わり定食は終わってるかもしれない。そんな焦りが伝わったんだろうか、食堂のおばちゃんはおかしそうに笑った。
「今日はゆっくりだったんだねえ。まかないでもいいかい」
あああ。ハンバーグは終わってしまったのか。
別に楽しみにしていたわけじゃないけれど、ここに辿り着くまでにお腹はすっかり、ハンバーグ仕様になっていたんだ。舌が期待していた。もちろんまかないでもありがたいんだけど、ハンバーグが食べられると思ったんだよなあ。
でもわがままは言っちゃいけない。僕がうなずくと、おばちゃんは厨房に入った。
しばらくして、甘辛い照り焼きソースの匂いが漂ってきた。ぐう、と腹が控えめに反応する。肉汁の匂いまで捉えてしまって、あれ、と僕は思った。
まもなく注文口に差し出された定食は、立派なハンバーグ定食だ。ただし、きのこと大根おろしがなく、代わりに立派な目玉焼きがハンバーグの上にのっていた。
「すまないねえ。きのこと大根おろしが切れちまったのさ」
いやいや、むしろ日替わり定食よりもごちそうじゃないか。
僕の気分は一気に浮上し、「ありがとうございます」と満面の笑みでお礼を言ってしまった。照り焼きソースがからんだハンバーグに、目玉焼き。ポテトサラダとコーンスープとパンという組み合わせは、まかないだなんて思えないほどだ。
盆を受け取って、いそいそとテーブルに座る。ナイフとフォークを持ち上げて、いただきます、だ。ナイフがハンバーグに入れば、風味豊かな肉汁がこぼれでる。ちょいと目玉焼きにもナイフを入れたら、とろりと黄身が破れて、照り焼きソースと共にハンバーグにからむ。その肉塊をフォークで口に運べば、何重もの美味しさが口の中に広がった。
ゆっくり味わって飲み込めば、きゅう、と胃袋が喜んでいる。
(しあわせだなあ)
そう感じながら、僕は食事を進めた。
ふと思った。これは、どのくらいぶりの食事になるんだろう。
おととい、夕食を終えてから、僕は貴公子の元で食事をする機会はなかったんだろうか。何気なく考えて、違う、と否定した。あの貴公子が僕を絶食させるはずがない。だから僕は食事をしたはずだ。
何を食べたんだろう。宿屋の女将が調理した料理だろうか。
(いや、)
僕は気づいた。僕を捕えただろう貴公子には、隠れ家があるのだと。そうでなければ、僕を捕え続けることなんて不可能だ。どうしても人の目に触れる。
それはこの街にあるのか、それとも他の街にあるのか。近隣にある他の街とこの街の距離を思い出す。一日を使って行き来できる距離ではあるけれど、僕を連れて行き来するにはいささか不都合がある、というところまで考えて、思い至った。
そうだ。貴公子はドラゴンの創造主。
だからドラゴンが行使する転移術すら、扱えるにちがいない。
いまさらのように気づいて、ちょっと笑ってしまった。スープの入ったカップに口をつけて、ゆっくりと飲む。クルトンがまだカリカリしている。うまい。