宝箱集配人は忙しい。
53
ふう、と、息を吐く。
なにげなく扉を開ければいいんだ。いつも通りに振る舞えばいいんだ、と言い聞かせてから扉を叩く。そのまま扉を開けると、いつも通りの光景が広がっていた。
すなわち、部下たちが事務作業をしている光景だ。
「室長!」
「もう大丈夫なんですか?」
「心配しましたよぉ」
いや、いつも通りとは言えないか。僕が姿を現すなり、部下たちが仕事の手を止めて声をかけてくる。ひとつひとつにうなずき、応えながら僕は自分の席ではなく、秘書どのの席に向かった。他の部下とは違って、仕事に集中している様子だ。
でも僕をバリバリに意識している様子が伝わってくる。
僕が秘書どのの近くに立つころには、なぜだか不自然に部下たちが沈黙している。もしや僕が秘書どのの気分を害した事実を悟られているんだろうか。そう考えると、「くっ」とうめいてうずくまりたくなったけれど、ここはこらえなくちゃいけない場面だ。
「フェリックス」
そうして僕が秘書どのの名前を呼ぶと、ぴくりとペンを握る指が動いた。
僕は苦笑してしまう。頑なに僕を見ようとしない秘書どのの態度は、あまりにもいつもとちがう。案外、子供っぽいところもあるんだよな、と考えながら、言葉を続けた。
「第一班の構成は現状のままで。ただし、第一班による解析は明日だ。あまり日にちを開けるのは良くないからね。よろしく頼む」
それから室内で僕らの様子をうかがっている部下たちに向けて、声を張り上げた。
「聞いたね? 第一班のメンバーは、明日、三十一階層への解析に向かう。思いがけないアクシデントでみんなに迷惑をかけたけれど、そのつもりでよろしく頼むよ」
すると第三班の一人が、イタズラっぽく笑った。
「今日、解析に向かった第二班が第一班からの引き継ぎを読んで張り切ってましたからねえ。もしかしたら室長、明日は三十二階層への解析になるかもしれませんぜ」
僕はニヤッと笑い、「勇者以上の大躍進だね」と答えておいた。迷宮は広い。わずか数日で解析が完了するなら、大助かりというものだ。話しかけてきた部下が軽く肩をすくめたところで、フーッと長く息を吐き出す気配がする。秘書どのだ。
椅子に腰掛けている秘書どのが、僕を見上げる眼差しは、いつも通りにやわらかい。
「かしこまりました。聖水の在庫を確かめておきます」
「うん。よろしく」
それだけのやり取りだったんだけど、僕はひどく緊張していたんだと気づいた。
(……謝ろうかとも思ったんだけど)
でもやめておいたほうがいいと感じたんだ。なんとなく。
ほっと安心しながら席に戻れば、第一班に所属する部下が、ことんと茶の入ったティーカップを置いてくれる。
あれ、珍しい。
そう思った理由は、ソーサーに白い紙に包まれたキャラメルが置いてあったからだ。
確かこのキャラメルは、この部下が贔屓にしているカフェの特製キャラメルじゃなかったか。マスターが手作りしている、風味豊かなキャラメルが自分用のごほうびなのだと話してもらった記憶がある。
思わず彼女を見つめれば、紅く染められた唇が、ゆっくりと動いた。
(よ・く・で・き・ま・し・た)
僕は思わず苦笑して、キャラメルを取り上げた。パリ、と紙包みを剥いでキャラメルを口に放り込む。ナッツの風味がふわりと豊かに口の中に広がった。