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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

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宝箱集配人は忙しい。

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56

 秋の夜は、暮れるのが早い。

 だからなのか、すれ違う人々も、ちょっとばかり早足だ。少し肌寒くなってきたなとも思いながら、僕も足早に、貴公子が滞在している宿屋に向かう。

「あら、室長さん」

 宿屋に到着すると、ちょうど外の灯りを調整しようとしている宿屋の娘さんがいた。

 ありがたいことに、一度会ったきりの僕の顔を覚えていたらしく、僕に気づくと華やかでとても魅力的な笑顔を浮かべてくれた。

「アレクシスさんにご用ですか?」
「うん。いるかな?」
「いらっしゃいますよ。今日はちょっとお疲れだったみたいですけど、室長さんがいらしたと知ったら、喜びますよ。呼んできますね!」
「あー……」

 疲れてる。そうだろうな。

 僕を冒険者ギルドに運び込んで、それからずっと、僕が目覚めるまで、秘書どのの尋問を受けていたんだ。尋問を受けるって、戦闘とはちがう体力を使うもんな。

 だとしたら、今日は避けたほうが良かったかな、と、いまさらながらにためらっていると、貴公子が宿屋の娘さんとなにやら話しながら、階段を降りてきた。

 僕に気づくと、貴公子は、温かな微笑を浮かべる。

「問題なさそうだな。どうした? そなたがここに来るなど珍しい」
「お礼に来たと思ってもらえませんかね。迷惑をかけてしまった自覚はあるんですよ」

 そういうと、温かな微笑を苦笑に変える。

「水くさいことをいう。友人が倒れていたら介抱するのは当然だと思うが」
「なら逆に聞きますが、同じ状況でお世話になったらお礼をしたくなりませんか」
「そなたに?」
「僕に」

 思いがけない言葉だったらしく、貴公子は少し思案して、納得したように頷いた。

「したくなるな。当然の面倒を見ただけだ、水くさいと言われたら釈然としない気持ちにもなる。これはわたしが迂闊だったか」
「というわけですから、僕のおごりでどこかに食べにいきませんか。もちろんご予定が埋まってなければ、なんですが」

 僕がそういうと、貴公子は嬉しそうに笑ったけれど、ちょっと申し訳なさそうに宿屋の娘さんを見た。あれ、と思っていると、宿屋の娘さんがおかしそうに笑う。

「いやーだ。せっかくのお誘いなんだから、いってらっしゃいませ、アレクシスさん」
「しかしそなたとの約束が先だった」
「約束ってそんな、大きく構えたものでもないでしょ?」

 娘さんは困ったように、微笑ましそうに笑う。二人の会話を聞いて、僕はあわてた。

 察するものがある。二人はすでに夕食の約束をしてたんだ。だから僕は口を開いた。

「待って待って待って。先約があったのなら、そちらを優先してください。僕はいつでもお誘いしますから」

 ところがそう言ったとたん、貴公子はへにゃりと眉を下げるのだ。困惑して、助けを求めるように娘さんを見ると、ついに吹き出した娘さんが教えてくれた。

 つまり、貴公子は先日、宿屋の求めに応じて、貴重なスパイスを採集してきたらしい。

 それで今日はそのスパイスを使った料理を夕食に使うから、ごちそうすると娘さんが言ってくれたそうなのだ。その料理名を聞いて、僕はゴクリと喉を動かした。滅多に食べられないごちそうだ。僕の様子を見た娘さんは、イタズラっぽく笑う。

「もしかして、室長さんも食べたいんですか、カレー」
「うん。大好物だからね。……だったら、こうしましょう。今日の夕食はここで食べる。その代わり、お礼の食事は、また次回に回すということで」
「それはありがたいが、よいのか」

 貴公子が僕と娘さんを見比べる。僕はおおらかに笑い、娘さんもウィンクした。

「僕からお願いしたことですよ?」
「父さん自慢の料理を、お二人に振る舞えるなんて、とっても嬉しいです」

 そう言った娘さんは、僕と貴公子を、宿屋に併設されている食堂へと導いていく。この宿屋の食堂は、夜、酒場として商売しているのだ。

 すでに夜を迎えた酒場は、それなりに客が入っており、ふだんはがらんと空いている舞台には吟遊詩人もいた。窓際の席に案内された僕と貴公子は、向かい合って笑う。

「カレーを好むとは意外だな。そなたは酒飲みのイメージがあった」
「母親の得意料理だったんですよ。一人暮らしになると、なかなか作ろうという気にならないんですよね。あの煮込み料理は、やっぱり大量に作ったほうが美味しいという思い込みがあります」
「そうか。……実はわたしは、これまでカレーを食べたことがない」

 ちょっと神妙な顔つきで白状してきた貴公子に、僕は笑いかけた。

「だったらあの辛さにはびっくりするかもしれませんね。甘くしてもらいますか」

 そういうと、ちょっと考え込んだ貴公子は、やがて首を振った。

「いや。辛さには耐性があるほうだと思うから、たぶん大丈夫だ」

 さてさて、どうだろう?

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