宝箱集配人は忙しい。

目次

62

 この国において、治政は王家を頂点とした貴族が司り。
 信教は神殿が司っている。

 普通に暮らしている人々にとって、神殿は素朴にありがたいと感じる組織だ。子供が生まれたら祝福してくれるし、人が亡くなったときも手厚く埋葬してくれる。基本的な読み書きも教えてくれるし、なにより、世界を脅かす魔王に対抗できる勇者という存在を探索し、育成して魔王討伐へと送り出してくれる。

 つまり一般の人々にとって、平穏な生活を送る上で欠かせない組織なんだ。

 でも僕たち、冒険者ギルドにとっては、ときに面倒だなあと感じる組織でもある。
 なぜかというと、干渉が多いんだよ。冒険者たちの迷宮攻略の進捗を報告しろと言ってきたり、ギルドが独自に開発した術式を、人々の生活に役立てるためにという名目で徴収しようとしたこともある。

 徴収だよ、徴収。おまえら何様だよって思うよね。ちなみに僕は思った。

 そして勇者一行は、この神殿に属している。

 勇者を支える剣士や女神官は、神殿から選出されてるんだ。もっとも魔法使いは違う。魔法使いは、市井で暮らしている特異な存在だから、神殿との関わりは薄いはずなんだけど、少なくとも今代の魔法使いは神殿寄りの考えをもってるみたいだ。

 訪れた時間が時間だからか、神殿はひっそりとしていた。

 それでも門前には、不寝番がいる。彼らの横を通り抜けて、僕は勇者一行と共に神殿の深部に向かう。いつもなら決して侵入を認められないところまで進んで、ひときわ立派な扉の前に女神官は立ち止まり、不寝番の礼に応えてから、扉を叩いて声を張り上げた。

「神殿長。お言い付けの通り、セシル・ヴァーノン様をお連れしました」
「お入り」

 かすかな声を捉えた不寝番が動いて、重々しい扉を開ける。

 開いた扉の真っ正面に設置されている大きな机の向こう側に、夜中であっても隙なく神官服を着ている、老いた女性が立っていた。勇者一行が頭を下げる。僕も頭を下げた。

「夜分遅くに呼び出してすまないね、ヴァーノン室長」
「いえ」

 僕はそう応えながら、頭を上げて神殿長を見つめた。

 今年で86歳になる神殿長は、烈女として知られている。旧態然とした神殿の改革を進め、腐敗していた層を一掃した人物なんだ。とはいうものの、先に言った通り、冒険者ギルドへの干渉を増やした神殿を作り上げた人物でもあるから、僕には苦手意識がある。

 自分と比較したとき、はるかに有能な人物を前にしたら緊張しないか?

 まさにそれなんだ。や、僕のまわりには秘書どのを筆頭に有能な人物は多いよ。その人たちにも緊張していた時期はあるんだけど、じきに慣れて、平気になった。

 でも、僕はいつまで経っても、この人に対しては緊張する。

 たぶんそれは、この人のすべてが「正しさ」に根ざしているからだと思う。その正しさが、僕にはちょっと煙たい。 

 とはいうものの、正直な本音を表に出す必要を感じないから、僕はにこりと笑った。

 すると、神殿長は苦笑する。

「相変わらず、ヴァーノン室長はあたしに対して苦手意識があるようだね。よろしい、ならばつまらぬ尋問なぞ、サクサク終わらせてやろうじゃないか」
(バレてら)

 ペロリと心の中で舌を出しながら、僕は平然とした様子で神殿長を見つめ返す。

 シャランと神殿長が持っていた杖の鈴が鳴り響く。杖を僕に突きつけた神殿長は笑みを消して、鋭く引き締まった眼差しを僕に向ける。

「率直に訊ねよう。おまえさんは、魔王の尖兵かい」
「ちがいます」

 僕は即座に断言して、わずかに首をかしげた。

 言葉にした瞬間、胸の奥で小さな痛みが走った。

 断言できるのに、どこかでそれを信じ切れない自分がいる気がした。ただ、それをここで表に出す必要はない。僕は感情を表に出さないよう心がけながら言葉を続ける。

「少なくとも、いまの僕はそう断言できます。僕は、セシル・ヴァーノン。エーベル・ヴァーノンとマリエ・ヴァーノンの一人息子であり、この国に生まれ育った。成人を迎えた後は冒険者ギルドに所属して、宝箱集配室の室長をしています」
「そしてあたしにとっては、亡き妹のひ孫でもある。そんなおまえさんを、あたしはこれまでに疑ったことはないさ。ただ、いまのおまえさんには不安材料があるね」

 言葉の端に、祖母のような柔らかさが一瞬だけ混じった。

 それがかえって、僕の胸を冷たく締めつけた。

 記憶喪失の件だ。どこからその情報を入手したんだとは言わないでおく。

 僕はまっすぐに神殿長を見返した。

「神殿の術式で、僕の記憶喪失を修復することはできますか」

 神殿長は目を細めた。そのまま、僕の背後に控えていた女神官に視線を向ける。その視線を受け止めた女神官が進み出て、「ヴァーノン室長」と呼びかけてきた。

「こちらへ。術式を行使いたしますから、わたくしの前へ跪いていただけますか」

 一瞬、呼吸が止まった。

「了解です」

 そのやりとりの間に、神殿長は杖を下ろした。

 事態を静観する構えに、僕の緊張は増した。まったく怖くないと言えば嘘になる。ただ、どんな事態になっても引けない、冒険者ギルドの中間管理職として、ここで引くつもりはない、という心構えは残っていた。

 女神官の前に膝をついて頭も下げて、女神官の手が僕の頭に触れるところを感知した。

「天穹に宿りし聖き記憶、欠けし片を、いまひとつに還したまえ――」

 女神官が術式を行使した、そのときだった。

 パキィインと高らかに、術式が割れる音が響いた。白い光がはじけ、床を照らす。そのあと、耳を打つほどの沈黙が訪れた。僕は跪いたまま、女神官を見上げる。目を丸くして、唖然とした表情を浮かべた女神官を、いつの間にか、前に出てきた魔法使いが庇っている。勇者も剣士もそれぞれの武器に手をかけて身構えているが、僕は目を瞬かせた。

「おどき」

 神殿長がそう言って、女神官を魔法使いと一緒に後方へ退かせたあと、女神官と同じように僕へ修復の術式をかけようとする。だが、結果は同じだ。術式が割れる音が響く。

 僕は目を細めた。

 だって、神殿長の術式だ。女神官のそれより、世界を揺さぶる力があるはずなのに。それに、耳に残ったのは、どこかで聞いたことのある、あの破裂音だった。迷宮でレヴァナントと戦った時にも聞いた音。同系統の術式が、力任せに破壊された時に響く音だった。

 ――おぬしから、我が君の気配がする。

 ドラゴンの言葉を思い出した。僕には魔王と呼ばれた貴公子が行使した術式がかけられている。おそらくは僕の記憶を奪った術式だ。その術式を破壊し、記憶を修復するための神殿の術式は、同系統の術式が力任せに破壊される時に響く音とともに破壊された。

 これは、どういう意味だ。

 そして気づいた。
 すなわち、魔王の術式と神殿の術式は同系統である、と。

目次