宝箱集配人は忙しい。
第65話
神殿の地下にあった牢獄から出て、神殿の中を駆ける。
僕たちを咎める者はいない。皆、それどころではない様子で、バタバタと忙しく動き回っている。僕が見たところ、一般人はいない。そもそも神殿は、信仰の場だから、街の中央から離れた場所にあるんだ。だから今回のドラゴンの襲撃も、一般人への影響は少ないんだろう。そうはいっても、神殿への襲撃は、衝撃が大きいだろうけど。
僕たちが神殿の出入り口に到達したとき、神殿長が、倒れた衛兵たちに治癒の術式をかけながら、指示を飛ばしているところだった。
「重傷者をこちらへ。ドラゴンに休む隙を与えないよう、他の者はとにかく攻撃術式を浴びせ続けよ。強化術式を忘れるな」
「神殿長」
僕が呼びかけると、神殿長は息を呑み、深く深く息を吐いた。
「おまえさんに手出しするもんじゃなかったね。ドラゴンが出ちまった」
僕は苦笑する。この場合、ご愁傷様です、というべきなのか?
「全兵力を引き上げてください。僕たちがドラゴンに対応します」
そう言うと、神殿長は信じられない、という様子で僕を見る。
「正気なのかい。神殿の全兵力を傾けても、いまだに倒しきれていない存在なんだよ」
「それが、あのかたの希望ですから」
僕の言葉を聞いて、神殿長は目を細めた。
なにごとかを考えたかと思えば、すぐに声を張り上げる。
「総員に次ぐ。ただちに撤退せよ。総員、神殿内にただちに撤退しろ」
僕と神殿長のやりとりを聞いていた一部の者は、信じられないといった様子で神殿長を見返していたが、神殿長の指示が変わらないと悟るなり、納得が難しい様子で、しぶしぶ神殿内に引き返し始めた。
僕の背後に立つ秘書どのが、「室長」と呼びかけて、双刀を手渡してくる。
僕は笑って、ひさしぶりに握る得物を受け取った。
今でこそ、いろんな武器を扱えるようになったけど、そもそも僕がいちばんはじめに習得した戦闘術は、双刀を用いた戦闘術だったんだ。なんで秘書どのがそれを知ってるんだろう、という疑問を一瞬、抱いたけれど、秘書どのだからなあ、という感覚が出てくる。
双刀を装備して、僕はゆっくりとドラゴンの前に向かう。
神殿の衛兵たちが撤退を始めたことで、こちらの異変に気づいたらしいドラゴンは、攻撃をやめ、静かな様子でこちらを見ている。紫色の瞳が、僕をとらえる。僕は笑った。
――僕はずっと、青空のもとでくつろぐドラゴンを、見たいと願っていた。
だっていつも、僕とドラゴンが会う場所は、迷宮の最下層なんだ。明かりは灯っていたけれど、それでも薄暗い空間で会うたびに思っていた。
このうつくしい存在が、青空のもとでのびやかに過ごす光景を見てみたい、と。
いま、青空の下に白銀のドラゴンが佇んでいる様子は、荘厳といってもいいほど、うつくしい。ドラゴンと衛兵たちの戦いの痕跡はあちこちに残っていたけれど、それでもこの目の前の光景が損なわれることはない。僕は微笑みながら、ドラゴンに話しかける。
「待たせて申し訳ありませんね」
るるる、と歌うような鳴き声が響き、同時に、馴染んだ念話が僕の脳裏に響く。
『まったく。約束の時間に遅れるようでは、紳士の風上にもおけぬぞ』
「申し訳ありません。有能な部下たちとあなたのおかげで、なんとかこの場に駆けつけることができました」
『神殿とは無粋な輩だの。わらわとおぬしの最後の語らいに口を挟むなぞ、』
「僕は最後にするつもりはありませんよ」
神殿の尖塔を、風がなでていく。砕けた石片が、陽光を反射して煌めいた。
その光の中で、僕は双刀を抜く。
ゆっくりと身構えると、背後で部下たちもそれぞれの得物を構えた気配がした。
「僕はあなたに克つ。あなたのすべてを継承して、そうして、その先を行く。その様子を、あなたはみてみたいとお思いになりませんか」
驚きを宿していた紫の瞳が、やわらかく和み、るるると楽しげな鳴き声が響く。
『ふふ。この期に及んでも、おぬしはおぬしであるのだな。——なればこそ、』
ゆっくりとドラゴンは身体をたわませた。
息を呑むほどの鋭気が、白銀の身体に宿っていく。
風が止んだ。
次の瞬間、天地が呼吸を止めたように、静寂が訪れた。
『わらわは全力でゆく。失望させてくれるなよ?』
セシル・ヴァーノン、と続けられて、僕は震えた。
もしかしなくても、ドラゴンが僕の名前を呼ぶのはこれが初めてじゃなかったか。
僕は笑った。
部下たちが歩みを進めて、僕と並び立つ。
いつもは僕一人で戦っていたドラゴンと、頼りになる部下たちと戦うことができる。
ならば、僕も保身など考えずに、全力で行くだけだ。
