宝箱集配人は忙しい。
第68話
僕は口を開いた。
手のひらが触れている感触が、儚くなっていく。
その遠くなっていく感触を捉えるように、抗うように、僕は必死で言葉を紡いだ。
「僕は言いましたよね。あなたのすべてを継承して、そうして、その先を行く、と。その様子を、あなたはみてみたいとお思いになりませんか」
戦いの前にも言った言葉を、僕は明確な意思で、繰り返した。
ふ、と、ドラゴンの気配が笑みを含む。
『そうであったな。だが、』
「僕はあなたの継承者です。だから、あなたの望みを、僕は知っている。叶えられる。叶えさせてくれませんか。お願いです、」
他の誰にも伝わらないように、僕はちいさく、ドラゴンの名前を呼んだ。
記憶もなにもかも、継承者として同調したからこそ、知った彼女の名前。
そっとささやけば、手のひらの下でドラゴンが震えた。
必死だった。継承者としてすべてを受け継いだからこそ、僕は彼女を、ドラゴンをさらに生かすことができる。けれど、彼女自身の意思に背くことだけは、できないと思った。
僕にできることは、だから、彼女に懇願することだけだった。
でも懇願の言葉は、これ以上思いつかず、僕はただ、無力さに歯噛みした。
『——その名は、我が君が、わらわに与えてくださったもの。ただひとつの、縁』
かぼそく響く、ドラゴンの声に、苦笑が混じる。
『だからこそ、新たに生き直すのであれば、新しい名前が必要であろうな』
僕はハッと顔をあげ、そして。
笑った。
僕は、これまで唱えられなかった魔法を、紡ぎはじめた。
すべてがわかる。死に瀕したドラゴンを、また、新たに産まれ直させるための魔法。旧き時代に生きたドラゴンの創造主が構成した魔法が、今、このときに、僕は行使できた。
ドラゴンの輪郭が、ふわりとほどけてゆき。
魔法を行使する僕の手のひらを中心に、光と熱がくるくると集っていく。
「もう、あなたはなにも囚われる必要はありません」
込み上げてくる祈りを、願いを、僕はささやくように告げた。
「どこまでも自由に。あなたの望むまま、この世界を生きてください」
いくつもの言葉が、頭に浮かんで消えていく。
光。自由。歌。
「ルーメリア」
光は大きな輪郭をほどきながら、やがて一点に収束していく。
それまでなにもなかった空間、僕の手のひらの上に、その温もりが宿った。
キュウ、とちいさく鳴き声を上げた、ドラゴンの雛。
白銀の、小さな翼をばたつかせて、僕を紫色の瞳で見上げてきた。
僕は笑う。でもこらえきれなくて、小さな温もりをそっと抱え込んだ。キュ、キュ、と抗議の声を聞いて、僕はあわてて腕をほどいた。小さな翼を動かし、パタパタと浮かび上がったドラゴンの雛は、なぜか僕の頭の上に落ち着く。
キュウ! と嬉しそうに鳴いたドラゴンを見て、そろそろと近づいてきた部下が笑う。
嬉しそうに、面白がるように、部下たちがドラゴンの雛をつつく。ドラゴンがぽわっと小さな炎を生み出して応戦するから、僕はこっそり焦った。髪、焦げたらどうしよう。
「お変わりありませんか、室長」
ただ、秘書どのだけが、心配そうに僕を見下ろしてきた。
浮かべていた笑みを苦笑に変えて、僕は口を開く。
「大丈夫だよ。体調は、問題ない。ただ、——ちょっと面倒ごとが増えたね」
そう言いながら、僕は神殿に目を向ける。
ドラゴンが構成した結界は、もうとっくに消滅していて、神殿の衛兵や神殿長、そして勇者一行までもが並んで、僕たちを見守っていた。
なんとも言い難い表情で、僕たちを見ている彼らを目にしただろうに、秘書どのはおおらかに笑った。
「大丈夫ですよ。なんとかします」
「いや、でもね」
そもそも僕は魔王の尖兵として振る舞ったわけだし。ドラゴンも魔王の尖兵と誤解されたままのような気もするし。これらの問題(誤解?)を、平穏な感じに片付けるにはどうしたらいいのかなあと考えていると、秘書どのが身を屈めて、僕にささやいた。
「頼りにしてください。こう見えて、あなたの秘書は存外、優秀ですから」
(知ってるけど。いくら優秀だからって、片付けられる問題かなあ)
僕はそう思ったけれど、ひとつ息を吐いて、言った。
「まかせた」
すると秘書どのは嬉しそうに笑って、「はい、任されました」と言う。
キュイキュイ、とドラゴンも楽しそうに鳴いた。
