認められる条件として資格は有効でした。 (2)
キーラが乗船している船は、傭兵集団『灰虎』の生活の場だ。
かつて某国からコーリャが、戦勲として与えられたらしい。剛毅な話だ、とキーラは感心した。マーネの港は商船がたくさん出入りしていたが、個人所有の船は見たことがない。
だからさまざまな衝撃が収まった後は、キリルを引き連れて探検した。咎める者はいない。むしろ戸惑うくらい、好意的に接してもらっている。なぜだろ、と首をかしげると、あたりまえですよ、と、キリルがきっぱり断言した。
「なんといっても、キーラさんは紫衣の魔道士なんですから!」
どうしようもない違和感を覚えて、キーラは口を開いた。
「キリル。もしかしてあなた、最近『灰虎』に入団した人?」
「えっ。はい、まだ一か月くらいしかたっていませんが……。どうしてですか?」
なんとなく、と、答えながら、キリルとまわりの微妙なズレに納得した。『灰虎』の団員がキーラに好意的なのは、おそらく紫衣の魔道士だからではないだろう。
感覚的な意見だからうまく云えないが、団員たちがキーラを見つめる眼差しは高位の魔道士に対するものではないのである。もっと心の内側に入れた存在に向けるような、例えるなら親が子を見守るような、温かみを帯びた眼差しなのだ。だからキーラは困惑している。そのような眼差しを向けられる心当たりはさっぱりない。
と、思っていたのだが、思いがけないつながりを夕食の席でコーリャ爺から知らされた。
「じいさまのことをご存じなんですか?」
テーブルの奥、コーリャとアレクセイに挟まれる形で座らされ、居心地の悪い想いを味わっていたキーラは、驚きの声をあげた。コーリャとギルド長が知己だと聞かされたのだ。
「じいさま。……いいのう、うら若い乙女にそう呼んでもらえるとは」
うっとりしたようにつぶやくコーリャに、内心引いていると、アレクセイが口をはさむ。
「コーリャ爺。キーラが困惑してますよ」
するとコーリャは、いかんいかん、と、軽く頭を叩いた。
「つい思わず。そう、魔道士ギルドの長はな、わしとは同郷なのじゃ。ゆえにの、よく戦場を共にしておったし、気心も知れている。知己というより、昔馴染みというべきかの。だからこそ、あやつに引き取られたおまえさんも、ちいこい頃から知っておるよ」
こんなに、とコーリャは右手で膝の高さを示した。すると、テーブルに集まりだした団員たちが、「俺も」「俺も!」と口々に主張する。
キーラはぽかんと口を開けた。まったく記憶にない。これだけ体格のいい男たちと会ったのなら、少しは記憶に残ってもおかしくないのだが、さっぱりである。
「まあ、わしらはいつもギルド長室から、おまえさんを見下ろすばかりだったからのお。いろいろ覚えておるよ。魔道の実習授業で魔力を暴走させたり、おとなしい男子生徒を泣かせたり、近所の下着泥棒を捕まえるため特殊訓練を」
「忘れてください」
忘れかかっていた過去のあれこれに、アレクセイを真似た笑顔できぱっと口をはさんだ。必死な想いを感じ取ってくれたのか、コーリャは話題を変える。そういえば、と、身体を乗り出してわくわくしたように話しかけてくる。
「そういえば、お金は貯まったかの? マーネに店を開くつもりだと聞いて、そのときからわしは楽しみにしておったのじゃが」
まあ、と、驚きの声をあげた。
(なんていいひと!)
エセ笑顔が本物の笑顔に変わる。これほどまっすぐにキーラの夢を楽しみにしてくれる人など初めて見た。まあまあです、と応えながら、夢について語る心構えを用意した。聞いてくれ、聞いてくれ。これまで紫衣の魔道士だと知る人に将来計画を語ったことはない。だれもが口をそろえて、「魔道士でいいじゃない」というのだ。物足りないのである。
隣でアレクセイが、おや、と声をあげた。酒を注がれた器から唇を離す。
「キーラの希望をご存じだったのですか」
「むろんじゃ。あやつは渋い顔をしておったが、わしはそれもよいと思ったよ。キーラが考えて希望したのじゃ。ならば文句を云ってもしかたあるまい」
「じいさまがそう思ってくれたらいいんですけどね」
溜息交じりに口をはさんだ。ギルドの長がキーラを後継者に指名している理由は、まだ年若い、定職にも就いていない紫衣の魔道士だからだ。他の紫衣の魔道士にはギルドより優先すべきものがある。ところがキーラにはない。いまはそう、みなされているのだ。
(カフェを開きたい、と云っているのに)
まあ、人生のほとんどを魔道士として過ごした長には受け入れにくい要望なのだろう。
それにずいぶん譲歩してくれたほうだ。長はキーラを後継者に指名しつつ、希望を黙認していてくれる。今回のような件もまれにあるが、マーネで働くことを認めてくれているのだ。だからキーラとしてはその先を願わずにはいられない。ギルドの長が元気でいるうちに、後継者候補が他に現れるようにと。