誰にでも事実を知る資格はあるのです。 (3)
ルークス王国はアダマンテーウス大陸において、もっとも古い王国だ。
統一帝国時代の名残を最も多く残している国とも云われていて、あちこちに当時の遺跡が存在している。また、首都にある図書館は大陸でも有数の蔵書数を誇る。世界で初めて活版印刷を用いた本までも所蔵しており、観光だけではなく、研究に訪れる者も多い。
――――十年前までは。
翌々日、キーラは迎えに来たスキターリェツと共に図書館に向かった。よく晴れた空の下、ご機嫌な様子で歩いている青年を、隣からまじまじと見つめる。
何を考えているんだろうなあ、とは、何度目に考えたことか。こうして監視対象を情報収集の場に向かわせる。そうしてもかまわないと思うほど、自分たちが作り上げた状況に自信があるのだろうか。
まあ、もっとも考えられる理由は、神殿管轄と云う事実からうかがえるように、危うい本をすでに持ち去っている可能性だ。大丈夫だと確信があるから揺らがないのだろうか。手のひらの上で転がされている感覚は、とても悔しい。無意識に腕輪に触れて、手を放す。
(馬鹿だ、あたし)
ごつごつ、とこぶしで頭を叩けば、なにごとかとスキターリェツが振り返る。どうしたの、と問いかける眼差しに、ふと疑問に感じたことを口にする。
「そういえば王さまはなにをしているの?」
不思議に感じていたのだ。ルークス王国において、神殿の力が思ったより強い。そもそもいま向かっている図書館も、王立図書館だと聞いていた。なのに神殿の管轄とはどういういきさつがあったのか。金髪の青年がちらりと浮かんだ。だから気にしているわけではないのだけど。キーラの質問を耳にして、ああ、とスキターリェツは冷淡な表情で云った。
「たぶん王家所有の城でのんびり暮らしているんじゃないかなあ」
ずいぶんあいまいな返答だ。それならば政治は誰が行っているのか。
続けて訊ねれば、スキターリェツは前を見つめながら口を開く。
「いまのルークスは、議院内閣制だからね」
「ギインナイカクセイ?」
聞いたことがない言葉だ。思い切り不審の声をあげると、彼は軽く笑って振り返る。
「王さまが治めるんじゃなくて、みんなが政治の方向を決めてる、と云うこと」
「じゃあ、鎖国もみんなが選んでいるという状況と云いたいの?」
「名目上はそういうことになるかなあ」
どこか他人事のように返して、スキターリェツは立ち止まった。前にそびえたつ建物に気づく。薄茶色の円形をした建物だった。図書館に着いたのだ。
ずいぶん立派な建物だ、と、キーラはまず感じた。古ぼけた印象があるが、それは老朽化が進んでいる印象につながらず、積み重ねた歳月による貫録を感じさせる。壁には植物が這い、まわりに植えられた樹木と不思議に調和が取れていた。扉は解放されていて、立ち入りやすい雰囲気がある。実際、こうして眺めている間も何人かが出入りしていた。
扉から入れば、室内は明るい内装だった。天窓から光が差し込み、床には絨毯が敷いてある。入り口には案内板があり、様々な区画があることに驚いた。子供向けの本を置いた区画まである。そのあたりに意識を向ければ、楽しそうな声が聞こえてくる。本棚から離れた場所では、談笑している人もいる。穏やかな風景だ。
このような図書館、キーラは見たことがない。マーネですら、図書館には厳しく引き締まった空気が漂っている。なんだかこちらでは図書館が憩いの場所になっている。
「ここの図書館は、五年前に神殿の管轄になったんだ」
どことなく誇らしそうに、スキターリェツが説明する。受付にいる人は知り合いなのだろうか、軽くうなずき合って、図書館の奥に進む。キーラはおとなしくついていった。本来の調べ物は、スキターリェツがついてきた時点であきらめている。だが、進んでいるうちに、奇妙なことに気づいた。だんだんと人が少ない区域に向かっているのだ。
やがてたどり着いた扉の前で、キーラは軽く息を呑んだ。
「なにを考えているの?」
んー、とあいまいな返事をよこして、スキターリェツは扉を開錠した。
魔道で封じられていた扉は、あっけなく開いた。気負いなく扉を開いて、スキターリェツはキーラを見つめる。淡々とした表情は、この行為に対して何かを企んでいるという様子ではない。唇を結んだまま彼を見上げて、ためらいを捨てて部屋に入る。
扉には、禁書室、というプレートがついていた。
つまり一般には貸出禁止の本を集めた場所なのだ。あるいはキーラの目的に役立つ本があるかもしれない。ただ、問題はなぜ、スキターリェツがここに導くのか、と云うことだ。
(もしかしたら本当に重要な書物は、神殿にあるのかもしれないわ)
むしろそう閃いたことで、負けん気がむくむくと育つ。なんとしても有効な情報を探り出す。意気込みを抱き直して、キーラはぐるりと天井まで続く本棚を見た。