型通りの断罪
1
「聞いているのか、セラフィーナ!」
凛と響く若者の声が、まぶたを伏せているあたしの耳に届く。
表情を隠すために広げた扇の影で、あたしはこそっと息を吐いた。
よくもまあ、あたしときたら、こんな状況で冷静でいられるものだ。
いや、冷静じゃないのかも。
確かに黙って立っているけれど、グラグラに動揺しまくってるものね。
ごきげんよう。元モブ野モブ子です。
ええ、そんな名前の日本人なんて、存在しないよね。
でもささやかな自己主張として、そう、名乗らせてほしい。
なぜならあたしの今の名前は、セラフィーナ・アシュベリー。
公爵家の娘にして、目の前に少女の肩を抱いて立つ王太子、アルベルトの婚約者、だ。
「……『聞こえておりますわ、アルベルトさま』」
あたしは扇を閉じながら、目の前に立つ、幼馴染だった人物に告げた。
煌びやかなシャンデリアの下、公爵家の娘であるあたしのまわりに人はいない。友人だと思っていた人物も、今やあたしを遠巻きにして、この寸劇を見守っている。
わかっちゃいたけどさ、胸は痛むよね。
ついさっきまで、たしかに友人だと思ってた人だもん。
乙女ゲームの世界に生きる、でもたしかな友情を育んでくれた人たちだと思っていた。
マリエ、ミレイユ。
まあ、彼女たちもこの、悪役令嬢転生ものの物語に登場する、キャラクターだったのさ。
あたしは、急速に冷えていく心地を実感しながら、そのセリフを口にした。
「『確かにわたくしは、フローラさまに何度もお伝えしました。婚約者のいる男性に、みだりに近づくものではありません、と。ですが、それだけですわ。それ以上、わたくしがいったい、何をしたというのでしょう』」
「そこまでです、義姉上」
今度は瑞々しい声が、あたしの言葉を遮った。
(おまえもか)
思わず口に出そうになったけれど、かろうじてその言葉を押さえ込んだ。
あたしの言葉を遮った人物は、従弟のセドリックである。
幼い頃からわが公爵家に引き取られ、義弟として育った次期公爵だ。
セラフィーナとよく似た、プラチナブロンドと青灰色の瞳を持つ美少年は、キリリと表情を引き締めてあたしをまっすぐにみすえる。
「あなたがこれまでフローラに企ててきた悪事はすでに明白。仮にもアシュベリー公爵家の総領娘としての矜持があるならば、おとなしく認めてください。たとえば――」
と、朗々とした調子で、あたしがした悪事とやらを並び立ててるんだけどさ。
ごめん。それ、冤罪です。
あたしを陥れるために用意された悪事なんだよね。あたしがセラフィーナとして生きてきた、これまでの十六年の人生において、実際にそんなことをした記憶はない。でも、二十三年生きた、モブ子としての記憶が知ってる。
それ、ヒロインが仕込んだやつ。
あたしはチラリとヒロインを見た。
すると、その気配を察したヒロインは怯えたように、アルベルトの影に隠れた。
いやあなた、すでにアルベルトに肩を抱かれてるやないかい。
そんなことをしたら、あたしがあなたを見たってバレバレやないかーい。
事実、アルベルト王太子はヒロインをかばって、あたしを見た。
この国の王族は、みな、黒髪に黒い瞳を持つ。アルベルトもそうだ。
元日本人として懐かしいと感じる色合いに、あたしは惹かれていたのだ、と、こんな状況になって気づく。
あたしはうっすらと微笑んでいた。
「『そのようなこと、わたくしは行っておりません』」
(やだな)
あたしの言葉は、モブ子の記憶に基づいて発言されたものだ。
悪役令嬢転生ものの、この世界において、あたしが生き残る方法は確約されている。
悪役令嬢らしく、ふるまえばいい。
本当は卑劣なヒロインに貶められた悪役令嬢らしく、ふるまえばいいのだ。
毅然と、気高く、誇り高く。
この場をやり過ごして、不遇の立場に追いやられて、そこから這い上がればいい。
わかっている。
だからあたしは、記憶を取り戻して事態を把握するなり、そうしてきたけれど。
「アルベルト殿下、セドリック。……リシャール、エドガー、シリル」
あたしは初めて、感情のまま、目の前に立ちはだかる幼馴染たちの名前を呼んだ。
これまで育んできた情を切り捨てて、あたしを断罪している攻略対象たち。
悪役令嬢転生ものの定番通りに事態が進むのなら、最後に破滅するのは彼らの方だ。
ここは悪役令嬢転生ものの物語世界なんだから、あたしの勝利が確定しているように、彼らの没落も約束されている。
でも。
「あたしはそんなことをしていない。どうして信じてくれないの」
あたしは、台本から外れる言葉を言った。
公爵家の総領娘らしからぬ言葉に、この場にいた者たちがざわめいた。
だけど、幼馴染たちは、引き締まった表情のまま、あたしを見ている。
知ってるからだ、彼らは。
公爵令嬢らしからぬ、あたしの振る舞いも知ってる。
素のままのあたしを知っていたのに。
あたしはほろ苦い気持ちで笑う。
それでも彼らは、あたしを断罪するのだ。
悪役令嬢転生ものの、登場人物として。
「セラフィーナ・アシュベリー公爵令嬢に申し渡す」
アルベルトの声が、凛と響く。
断罪の場に相応しく、情に流されることなく、王太子は破滅への道を進む。
「そなたとわたしの婚約は誤りだった。ゆえに、そなたとの婚約を破棄し、これ以降、公の場に出席することを禁じる。セドリック」
「はい。アルベルト王太子殿下。義姉へのご温情を感謝いたします」
あたしは、アルベルトとセドリックのやりとりを聞きながら、きっぱりと顔を上げた。
「『永遠の……』」
そう言いかけて、あたしらしくない言葉だ、と気づいた。
そりゃそうだ、だってこれは悪役令嬢となった公爵令嬢のセリフだもの。
だからあたしは、口元をゆるめた。
そのとき、はじめてアルベルトが目を見開いた。セドリックもだ。
二人そろって、何事かを探すようにあたしを見たけれど。
でも、もう知らない。
「永遠にさようなら、みんな。今世ではもう、二度と会うことがないことを祈っていて」
あなたたちのためにもね。
その言葉は秘めたまま、あたしは身をひるがえして、断罪の場を出ていった。
公爵令嬢らしい振る舞いにはならないよう、わざと乱暴な足取りで。
