型通りの領地視察

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 旅立ちの朝、あたしが選んだ服装は、地味な色合いの外出着だった。

 とはいっても、セラフィーナが所有するドレスなのだから、公爵令嬢に相応しく、しっかり上質な代物だ。深い紺色の生地で、袖口に白いレースが入ってる。地味というよりシックな色合いとも言えるかな。
 髪はハーフアップにまとめて、飾りも最小限にした。

 侍女たちがまとめた荷物はすでに馬車に積み込まれている。
 だからあとは、あたし自身が公爵邸を出ていけばいいだけだ。

 レイモンドを従えて、玄関ホールに向かったところ、意外な人物が立っていた。

 従弟のセドリックだ。

 あたしはこっそり眉を寄せた。

 これも、物語にない展開だ。昨日からちょくちょく、物語にない展開が続いている。まあ、それが現実というものだと思うけど、それにしたってここであたしを見送りにきた、義弟の思惑がわからない。実の両親ですら、あたしに見送りに来てないというのに。

「おはようございます」
「……おはよう」

 何事もなかったかのように、いつもの挨拶を交わした。
 学園の制服を着たセドリックは、あたしを見つめて、軽く微笑んだ。

「その服、似合いますね。義姉上の髪や瞳が引き立つ」

 あたしは息を吐いた。

(ほんと、何を考えてるんだか)

 あいまいに微笑んで、「ありがとうございます、公子」と応えると、ようやくセドリックの表情が曇った。このまま通り過ぎたいところだけど、セドリックの意図を確認しないほうがずっと面倒臭い予感が漂ってるから、あたしは足を止めて口を開いた。

「セドリックさまが卒業されるまで、領地の管理を任されましたが、運営に手を抜くつもりはございません。つつがなくセドリックさまに受け継がれるようにいたしますので、どうぞご安心くださいませ」
「……それ、やめませんか」
(ほぉん?)

 あたしは眉をあげて、セドリックを見た。
 セドリックはまるで、苦いものを口にしたような表情を浮かべている。

 やっぱりか。

 そりゃセドリックにとっては面白くないだろう。
 自分が受け継ぐ予定の領地を、よりにもよって、自分が断罪した姉が管理するなんて事態は、プライドの高い彼には我慢できないことにちがいないのだ。

 ましてや自分は、養父に領地運営のイロハを叩き込まれてる最中なんだ。つまり、まだ学習中。それなのに、王妃教育を受けていただけの義姉に、領地を運営されるとは、一歩も二歩も先を行かれる感覚になるにちがいない。
 あたしは令嬢らしく、右手を頬に当てて、困惑を演出しながら、言った。

「今回の領地経営は、アシュベリー公爵の意向によるもの。残念ながらわたくしの、」
「やめませんか、敬語。あなたは僕に、敬語を使わねばならない立場ではないでしょう」
(そっちかよ!)

 あたしは思わずズッコケそうになったね。

 いや、お坊ちゃん育ちってこういうこと? とすら思ったな。
 この子、頭が悪いんだろうか。
 学園の成績は悪くなかったはずだけど、あたしがセドリックに対し、これまでと同じ態度で相手にする、って、どうやったら思えるんだ。

 あたしは息を吐いて、腕を組んでから、言った。

「あんたね。あたしに対して何をしたのか、忘れたの?」

 驚いたことに、セドリックはポカンとした表情を浮かべる。

「あたしは、覚えのない冤罪をあなたたちに着せられた。そして学園を中退して、領地運営を任されることになった。そんな状況に追いやった存在に対して、どうしてあたしが、これまでと同じように対応すると思うのさ」
「それは、でも、あなたが、」
「え、ん、ざ、い」

 ひとことひとこと、くっきり区切るように言い捨てると、セドリックは口をつぐむ。

「あたしはそう言ったでしょう。あたしはあのお嬢さんを傷つけようと企んだことなんてない。実行もしてない。お天道様に恥じるようなことは一切、していない。それなのに、捏造された証拠を真に受けて、あたしに事実確認することなく断罪してきたのはそちら」

 つらつらと言葉を並べて、あたしはもう一度、息を吐いた。

「ねえ。なんであたしが、そんな輩に、これまでと同じように振る舞わなくちゃいけないの。顔も見たくない、それが本音に決まってるでしょう」
「義姉上」

 思わず、と言ったように、弱々しい声音で、セドリックはあたしを呼ぶ。

 ブレてるな、この子。
 なにを求めてあたしを断罪したのかわからないんだけど、あたしに対する態度がブレブレだ。

 憎んでいたのか、それとも慕ってくれていたのか。少なくともあたしにはわからないし、正直なところ、わかりたくない。

 もう、どうでもいいや、という気持ちになってる。

 でもそこまで本音をあらわにするのは、人としてどうよ、という気持ちになるから、あたしはそのまま、レイモンドに視線を移して、ひとつうなずいたあと、歩き始めた。

「……あなたはっ」

 でも、思いがけず耳に届いた、冷静沈着なセドリックらしからぬ声に、足が止まる。

「どうして、そんなに。……いまもなお、その男を、そばに置くんですか」

 振り向いてセドリックを見返したけど、悔しげに言った言葉の意味がさっぱりわからない。どうしようもなく平坦な心地になりながら、もう一度、あたしは言う。

「永遠にさようなら。今世ではもう、二度と会うことがないことを祈ってる」

 あの場で告げた決別の言葉を思い出したのだろう。

 セドリックは痛いところをつかれた表情を浮かべたが、あたしはもうさっさと見切りをつけて、レイモンドと共に馬車に乗った。

 いつもよりも格段に質素になった馬車の、それでも長距離乗り続けることを考慮された、ふかふかしたクッションに腰を下ろして、あたしはようやく息を吐いた。

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