型通りの領地視察

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 休むと言ったって、まだ太陽も高い位置にあるんだ。
 寝巻きに着替えてベッドに横たわるわけじゃない。

 単純に旅装を解いて、ゆっくり過ごすだけだ。
 お茶を飲みながらね。

 でもさ。この状況で休めると思う?

 だから屋敷の侍女に手伝ってもらって、旅装を解いたあたしは、じっとりとレイモンドの後ろ姿を睨ねめ付けていた。馬車の中で読んでた資料も取り上げられたから、できることがありやしない。

 だから、本当にお茶の用意をしているレイモンドを睨んでたんだけど。
 あたしの視線に気付いてるだろうに、平然としてるんだな、この人。

 さらに侍女たちを退散させて、ようやくあたしをみたレイモンドは、苦笑した。

「ご機嫌斜めですね、セラフィーナ様」

 そう言いながら、行儀悪くテーブルに肘をついてるあたしの前にティーカップを置く。

 ふわりと漂う香りは、いつもとは違う、ストレートティーの香りだ。
 ダージリンに似てるかな。

 もちろんこの地域の特産物なんだから別の名前があるんだけど、あたしの中ではダージリンだ。
 はい、決めた。

 素朴な焼き菓子も一緒に差し出されて、あたしはしぶしぶ、ティータイムを満喫することにした。この事態を作り出したレイモンドに、ひと言言いたい気持ちもあるんだけど、あたしを思い遣っての行為だとわかってるから、下手なことは言えない。

「……そんなに、あたしって危うく見えた?」

 ただ、これだけは確認しなくちゃ、と思ったから、率直に訊ねる。

 無理強いしたわけではないのに、あたしの気持ちを汲んだのだろうレイモンドは、向かい側に座ってくれてる。
 そしてこの問いかけに対して、困ったように微笑んだ。

「いいえ。これは俺のわがままですよ。長時間、馬車に乗っていたから疲れたんです」
(嘘つき)

 レイモンドは確かに執事だけど、あたしの護衛も兼ねている。
 公爵邸の騎士たちにも鍛えられているレイモンドが、あの程度で疲れるはずがない。

 だからあたしは、黙ってダージリンを飲んだ。
 ひとくち、ふたくち。

 薫り高い温もりが、身体を通っていくと、こわばっていた身体に気づく。
 ああ、緊張していたんだな、そりゃレイモンドもローレンスも、あたしを気遣うわけだ、と気付いた。

 まだまだだなあ、あたし。
 混乱していた自分にも、気づいたよ。

 あたしはあたしらしく生きていきたい。
 ザマァなんてごめんだ。

 それなのに、悪役令嬢セラフィーナにならないと迷惑をかけるって思いつめていたんだ。
 ちぐはぐだったよね。

 思い出せ、あたし。
 あたしは、この領地を改革する必要はない。

 あくまでもあたしは、セドリックが学園を卒業するまでの中継ぎなんだから。

 ローレンスたちはたしかに、この地が豊かになることを望んでいるだろうけれど、物語に描かれていたほどの改革を必要としてるかと言えば、微妙なところだと思う。

 物語通りにこの領地が豊かになれば、彼らは喜びもするし誇りにも思うだろう。
 でも、そのあと、アシュベリー公爵家は混乱する。

 期待以上の成果をあげたセラフィーナを、次期領主に迎えたいと願うようになった一派が生まれることによって、セドリックの求心力は低下する。
 それが、セドリックを襲う没落の始まりなのだ。

 そしてあたしは、そんな状況を迎えることを、望んでいない。

「……レイモンド」
「はい」
「偽善なのかな。あたしはね、それでも見返してやりたいとは思わないんだよ」

 なにが、とも、だれに、とも言わなかった。

 あたしはモブだ。
 凡人なんだ。

 だからあたしを陥れた存在には不幸になってほしいと思うし、あたしを陥れたことを後悔してほしいとも願う。
 許してなんかいない。そこまで聖人じゃないんだ。

 でもそれは、彼らに破滅を呼び込むほどの不幸であって欲しくない。

 あたしは、もう、見切りをつけた。
 幼馴染たちにも、両親にも。

 それなのに、破滅していく彼らを見て、うっかりと後悔なんてしたくないじゃないか。
 彼らは彼らのまま、自分の正義を信じるまま、愚かであり続ければいい。

 だから、あたしはそんな彼らを変えようとは思わない。
 彼らを変える(救う)一手になりたくないんだ。

「……それでいいと思いますよ。セラフィーナ様は、そのままで」

 考えに沈んでいたあたしを、いっそ軽やかな調子で、レイモンドが言う。
 顔を上げれば、あのサファイアの瞳が、まっすぐにあたしを見ていた。
 あたしとレイモンドの、瞳と瞳があったとき、ふ、と端整な顔が苦笑を浮かべる。

「そもそも、モブを自称するあなたに、あんちくしょうたちを陥れる能力があるとも思えません。あなたがおっしゃっていたこの領地の改革とやらも、本当にできるんですか」

 あたしは目を丸くして、それから吹き出してしまった。
 だめだ、ツボった。

 肩を揺らして笑い出してしまったあたしを尻目に、レイモンドは静かにお茶を飲む。
 サラッと澄ました、いつも通りのその顔を眺めていたら、本当にあたしは気が抜けた。

 そうだよねえ。
 モブだもん、あたし。

 努力はするけれど、成果が結びつくかどうかなんて、わからない。二十三年、現代日本人として生きていたから、一般常識はある。それから十六年、王妃教育を受けていたから、統治者としての考えにも理解ができる。いくつかの手法も、身につけてる。

 でもさ、領地改革なんて、ジャンルがちがわん?

 それって、現場を知る人間がやることだよー。究極的には、ハンコを押すだけのあたしにできることじゃないよね。できるとしたら、命令。方針の変更。

 改革じゃあ、ない。

「いっか。あたしはあたしのままで」

 笑いをおさめてそう言うと、レイモンドも言う。

「あなたはあなた以外の何者にもなれませんよ。そしてそれでいいんだと俺は思います」
(不思議だなあ)

 あたしはまじまじとレイモンドを眺める。

 どうして、この人はこういう人なんだろうね。
 悪役令嬢転生ものの、あの物語に登場する主要人物の一人なのに、どうしてこうも、モブであるあたしに寄り添えるんだか。

「ねえ、レイモンド」
「なんですか」
「あんたも実は、転生者だったりする?」

 あたしがそう言うと、レイモンドは呆れたようだった。
 一瞬の間を置いて、輝かしい、あの逆らえない笑顔を浮かべる。

「まさか。俺は正真正銘、この世界が生み出した純正モブの一人ですよ」
「さいですか」

 あたしは苦笑した。

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