型通りの領地視察
5
翌日から、あたしの領主代行としての仕事が始まった。
まず、主要施設の視察だね。
行政の中心である領主館、治安担当の兵舎は後回しにして、あたしはまず、市場に向かうことに決めた。
この公爵領に住んでいる人たちの、普段の生活を確認するなら、市場は必須でしょ。視察と称して、公爵領の名物料理を味見できたら最高だなあと考えていられたのは、翌朝、領主館の正面玄関に並んだメンバーをまのあたりにするまでだった。
(……多くない?)
騎馬の護衛が四人。文官が一人。侍女が一人。
くわえて、レイモンドが涼しい顔で控えている。
あんた、領主館の執事長のところに向かったんじゃなかったんかーい。
いや、領主代行の視察なんだからさ、治安維持のためにも権威を演出するためにも、護衛は必要だとわかっていたよ? それでもさ、王都での散策時より、護衛の数が多い。
(必要以上の護衛が手配されている気がする)
なにげなく考えて、あたしは表情を引き締めた。
そういえば、物語では悪役令嬢への襲撃が描かれていたっけ。
市場の視察時には襲撃はなかったはずだけど、ただ、襲撃に関する、なんらかの情報を入手したローレンスが、この人員を手配した可能性はある。
(あとで確認しておかないとね)
気が抜けない。
そう考えながら、あたしが思い浮かべた人物は、王都にいるヒロインだった。
通常、乙女ゲームに登場するヒロインは、プレイヤーが感情移入しやすい、平凡な能力値(ただし、成長キャパシティは最高ランク)で、女性からも好感を持たれやすい、いい子ちゃんであることが多い。だけど、前世のあの友人が語ったところによると、悪役令嬢転生ものでは、ヒロインは主人公の敵役となるからか、女性ならではの計算高さやしたたかさを存分に持ち合わせた存在が多いらしい。
その上で、この世界が描く物語では、ヒロインは卑劣な悪女として描かれている。
そして、あたしが冤罪によって王都を追放された以上、あのヒロインは、物語通りの卑劣な存在なんだろう。事実、あたしがあたしとしての記憶を取り戻す前、セラフィーナはヒロインに対する違和感を抱えていた。
具体的な害意を示されたわけじゃないよ。
明るく屈託なく、それでいて守ってあげたくなるような、優秀な公爵令嬢(あたしだ!)とは、見事に正反対な存在だったんだよね。
だからこそ、セラフィーナは違和感を覚えてたんだ。
ヒロインは、完璧に過ぎる。
ヒロインは自分を演じているんじゃないか、って思ってたんだ。
「セラフィーナ様?」
不思議そうな文官の声に、あたしは状況を思い出した。
いかんいかん。トリップし過ぎてたわ、あたし。
にっこりと令嬢スマイルを浮かべて、「今日はあなたがたがご一緒してくださるのね? ありがとう、よろしく頼みます」と、待ち構えてる一行に告げた。
用意されている馬車に、侍女と文官、それからレイモンドと共に乗る。
「セラフィーナ様をご案内できるなんて、光栄ですね〜」
向かい側に座った文官が笑顔でそう言えば、隣に座る侍女が咳払いをする。
ところがそのたしなめが遠回しすぎるのか、文官の語りは止まらない。
「まず、市場の中央まで馬車で向かいますね~。中央にはアシュベリー公爵家始祖の像があるんですよぉ。そこから徒歩になっていただいて、食糧庫に向かうルートで市場を視察していただきます。養殖で育てたラーナの串焼きが美味しいんですよお。おすすめです。ああ、でも甘いものがお好きでしたら、マールスのオーブン焼きもいいですね」
「ジョシュア!」
こほんこほんと連続する咳払いでたしなめていた侍女は、とうとう痺れを切らしたのか、文官の名前を呼んだ。
あたしとレイモンドはチラリと視線を交わし合う。
ジョシュアと呼ばれた文官は、のほほんとした声で侍女に応える。
「どうしたんだい、マリア。大丈夫だよ、ちゃんときみの好物も買えるようにルートを考えてるから。ええと、ウィオラの砂糖漬けだったよね。覚えてるから!」
「そうじゃないのよ、ジョシュア。いい? セラフィーナ様は王妃教育が始まるまで、毎年、こちらにいらしていたの。だから、三年前にこちらに引っ越してきたあなたよりもずっと、この土地の物産にはくわしくていらっしゃるのよ!」
声を潜めていたけれど、侍女マリアの声はしっかりあたしの耳に届く。
うん、まあ、だからこそ、ローレンスは幼いあたしを知ってたんだけどね。
ところがジョシュアはへこたれない。
「ええ? それなら定番グルメルートじゃなくて、地元民愛用グルメルートにした方がいいってことだよね? 困るよーマリア。そういう情報は早くに教えてくれないと」
「そうじゃない。そうじゃないのよ、ジョシュア。あたしが言いたいのはね……!」
「大丈夫よ、マリア」
あたしは微笑みながら、侍女マリアの勢いを留めた。
いや、面白いからね。このまま二人のやりとりを聞いていたい気持ちになったけれど、でもマリアってとっても真面目そうなんだもん。自分の失態(?)にあとで気づいたとき、思いっきり落ち込みそうだから言葉を挟むことに決めた。
「ジョシュアの案内ルート、とても楽しそうだもの。彼の考えたルートでいきましょう」
「よ、よろしいんですか。その、ラーナの串焼きとか、その、かなり強烈ですが」
「大丈夫よ。幼いとき、お祖父様におねだりした記憶があるわ。美味しいわよね、鶏肉に似ていて」
「さすがぁ、セラフィーナ様。それなら地元民愛用グルメルートに変更しましょうかぁ」
「いいえ、ジョシュア。わたくしの執事はね、初めてこちらにきたから、ぜひ、定番グルメルートを案内してちょうだい」
「なるほどー。かしこまりました~」
あたしとジョシュアは笑顔を浮かべてうなずきあった。
ちなみに、ラーナとはいわゆる食用カエルのことだ。幼いセラフィーナが祖父にねだって食べたことも事実。とはいうものの、マリアが危惧するように強烈な串焼きだから、ぜひともレイモンドに食べさせたい。王都育ちだから、驚くと思うんだよね。
「セラフィーナ様、私にお気遣いなど不要ですよ」
あたし以外の人間がいるから、完全な執事モードに入ってるレイモンドに、あたしはにこやかに笑いかけた。
「あら、わたくしのおすすめを拒絶するつもり?」
そこでレイモンドは、一瞬だけ、うさんくさそうにあたしを見たが、にこにこ笑っているあたしを見てしまったからか、ため息をついた。
「いえ、……セラフィーナ様のお心遣い、感謝いたします」
「ええと、レイモンドさん。無理はなさらなくていいと思いますよ。ラーナは、その確かに美味しいですが、苦手な人もいらっしゃいますから」
「そういう類のオススメなんですね。了解いたしました」
ギリギリまでラーナの正体を隠しておきたかったけれど、どうやらマリアの取りなしに、レイモンドはある程度まで察してしまったらしい。とても残念だ。
軽く肩をすくめたあたしを、呆れたようにレイモンドは見ていた。
