型通りの領地視察
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多少の騒動はあったとはいえ、市場と孤児院を、あたしたちは半日かけて見て回った。
ちなみにラーナの串焼きをレイモンドは涼しい顔で平らげたから、あたしはちょっとだけ悔しかった。ちぇ。
そして視察の最後に、あたしたちは教会に向かう。
ジョシュアが当たり前のように、視察ルートに教会を入れていたところは意外だった。
なぜならあたしは、教会が支持する聖女フローラことヒロインを苛んだ罪で追放されたのだ。
教会に所属する人間の、心象はよろしくないだろうとは想像がつく。
まあ、それでもこの領地を治める以上、民衆の信仰を集める教会とは連携をしておいたほうがいい。物語で視察を行わなかった悪役令嬢は、自分への悪感情を考慮して、教会を訪れることこそしなかったけれど、レイモンドを派遣して挨拶はさせていたんだ。
だからギリギリのところで間に合った問題もある。
――孤児院の、院長による養育費の着服問題だ。
孤児院は教会の管轄下にある。だから教会の不始末とも言える事態を悪役令嬢が解決したことによって、教会は譲歩した。聖女を苛んだとされる公爵令嬢、だけど、自分たちの不始末を解決した悪役令嬢へ、歩み寄ってくれたのだ。
ただ、物語の皮肉というか、それがのちに、聖女没落につながる一手となるんだけどね。
さて、どうしたものかな。
ジョシュアが司祭への面接を申し込んでいる間、あたしは考えていた。
正直なところを言うと、教会とは普通の関係でいたい。
いろいろと面倒だから貸し借りもなしでいたい。
となると、孤児院の問題は、できれば教会側で解決してほしいところ。
でも、どうしたら孤児院の問題を、教会の司祭に気づかせることができるのかな。
さいわいにも、あたしは実際に孤児院に行ったから、そこで養育費の着服に気づいた、という流れに説得力は出る。ただ、それをそのままストレートに司祭に告げたら、どうしても教会は、あたしに対し負い目を感じるようになるだろう。それは避けたい。
でも、可能な限り迅速に動きたいんだ。
あたしはそっとまぶたを伏せる。
先ほど、視察に行った孤児院では、子どもたちはこわばった表情を浮かべていた。笑っていたのは大人だけ。身分ある女性の訪問に子どもたちは緊張しているんだ、と院長は言っていたけれど、馬鹿にされたもんだよね。
あたしはもちろん、レイモンドもジョシュアもマリアも、護衛の騎士たちですら、子供たちが、孤児院の大人を嫌ってるってことは気づいてたよ。
ただ、それは、孤児院ではよくあることだから、他者は子どもたちを痛ましいと思っても変えられるとは思えない、ありふれた特徴でもある。だから、あの子どもたちへの違和感を訴えたところで、教会は院長の養育費搾取には気付けない。
他に、ないだろうか。
さりげなく教会関係者が気づく形で、院長の違和感を伝える方法は。
そんなことを考えていたから、あたしはちょっと反応が遅れた。
セラフィーナ様、というレイモンドのささやきを聞いて、はっと我に返ったんだ。
気付けば、司祭があたしの前に座ろうとしているところだった。
しまった、座ったまま司祭を迎えてしまった。
やらかした失態に動揺しかけたけれど、同時に、これでいいかもしれない、と思った。
少なくとも、教会を追及しに来た公爵令嬢には見えないだろう。
「わざわざのお越し、ありがとうございます。アシュベリー公爵令嬢」
真面目そうな司祭は、平坦な眼差しであたしを見ながら、言った。
歓迎されてないな、あたし。
そう思いながらも、あたしは面の皮を厚くして、にっこりと令嬢スマイルを浮かべた。
「お忙しいでしょうに、会ってくださるなんて恐縮ですわ、司祭様」
「公爵令嬢のお申し出をお断りするなど、おそろしくてできませんよ。あなたを信望する輩に、闇討ちでもされたら大変だ」
「まあ、そんなこと」
かなりギリギリなところ攻めてくるなー、このおっさん。
この発言でわかった。あたしと聖女の因縁は、世間で伝えられている形で、こちらに伝わっている。それなのに、あたしからの面接を忌避することなく、こうして会った理由は、司祭としての責任感によるものだろうか。
(なら、そこをつつけばいい?)
そう考えながら、あたしは慎ましさを全面に押し出しながら、言葉を選ぶ。
「この度、アシュベリー公爵のご意向により、セドリック公子が学園を卒業するまでの間、わたくしが領主代行を承ることになりましたの。教会のご威光のおかげもあり、領地はとても賑わっていて、とても安心いたしましたわ。これからもよろしくお願いします」
「女神様にお仕えするものとして、当然のことをしているまででございます。アシュベリー公爵令嬢には、女神様の恩寵というものをご理解いただきたいものですな」
(うっせえのよ、クソジジイ)
思わず心の中で毒づいた。
つまるところ、あたしに、女神様が遣わした聖女様を尊重すべきだと言ってるわけですね。
その女神様が遣わした聖女様こそが、あたしを貶めたんだと言ってやろうか。
まあ、言えないけどね。いずれはわかることだけど。
あたしはサラッと司祭の言葉を聞き流し、右頬に右手を当てた。
「そういえば、驚きましたわ。孤児院の子どもたち、とても静かでしたから。厳しく教育を行われているのですね」
司祭がわずかに眉を動かす。
「……静か、ですか」
「ええ。わたくし、王都でも孤児院を慰問しておりましたの。あちらではとても賑やかな様子でしたから、ことさら、こちらで拝見した子どもたちの様子には驚きました」
そこまで言って、軽く毒を忍ばせる。
「まるで、『いい子』でいなければならないと、必死になっているみたいでしたの」
その言葉に、司祭は息を呑んだようだった。
あたしはさらに、ふと思いついた様子を装って、言葉を続けた。
「そういえば院長先生には、東方の陶磁器でお茶を出されて、それにも驚きました。きっとあの孤児院は、幼いころから良いものを触れさせる教育方針なのでしょうけど、子どもはやはり、少しばかりやんちゃなほうがいい気もいたしますわ」
その言葉を聞いて、司祭の顔色が変わった。
言いすぎたかな。
ちょっとばかり露骨だったかもしれない。
や、院長が東方の陶磁器を使ってたのは事実なのよ。驚いたよね。おそらくは着服した養育費で購入したんだろうけどさ、犯罪の証拠となるものを堂々と使う? って思ったもん。ま、虚栄心の成せる技なんだろうけど、しみじみと、うかつだよねえ。
「アシュベリー公爵令嬢。あなたは、」
司祭は何事かを言いかけたけれど、首を振った。
その代わり、そばに立つ助祭に何事かをささやきかけた。
助祭も顔色を変えて、あたしたちに一礼した後、あわただしく部屋を出ていった。
これで、子どもたちは救われるだろう。
あたしは思わず、ほっと息を吐いた。そんなあたしを、司祭がじっと見つめて、言う。
「よく、ご覧になっておられるのですな」
その言葉には、感謝よりも警戒が色濃く漂っていた。
ま、この程度の示唆で、いきなりあたしへの評価が反転するわけがないよな。
だからあたしは、にっこりと微笑んだ。
あたしのすぐ後ろに佇んでいる、頼りになる見本が浮かべる笑顔を思い出しながら。
「わたくしはただ、孤児院の子どもたちにも、のびのびと育ってほしいと考えただけですわ。……子どもが怯えている場所を、そのままにしてよいとは思えませんもの」
息を吐いた司祭はしばらく沈黙して、やがて思いきったように言った。
「お聞きしてもよろしいか。あなたは、なにをお考えなのです」
あたしは軽く目を見開いて、それからふっと微笑んだ。
あたしの考えなんて、あたしがあたしとして目覚めた時から決まっている。
「目立たず、騒がれず、穏やかに暮らすこと。それがわたくしの考えであり、望みですわ」
すると司祭は、意外そうに目を瞬かせた。
「それは、……少々、難しいでしょうな。少なくとも、あなた様がそう望んでおられることは、覚えておきましょう」
「ありがとうございます。未熟な身ではありますが、これからよろしくお願いしますわ」
うん。少なくとも、最悪の出会いにはならなかったみたいだね。
たぶん。たぶんね。確信は持てないけどねっ!!
そうして、あたしたちはつつがなく領地の視察を終えたのだった。
