型通りの期待
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視察を終えてから、数日が経った。
アシュベリー公爵領で暮らすようになってから、どうしてもなじめない習慣ができた。
朝食前に、新聞を読む習慣だ。
あたしが指示したわけじゃない。おそらくこの屋敷の使用人たちは、現公爵や前公爵夫人の習慣をそのまま、あたしにも適用したんだろう。面倒だなって思っているけれど、拒絶することも不自然だから、あたしはそのまま受け入れている。
ちなみにこの世界の識字率は、さすがに現代日本ほど高くはない。
新聞は上流階級の消費物だ。新聞社も王都にしかないしね。
でも宿屋や広場では壁新聞が張り出されているし、発行された新聞を声に出して読み上げる職業の人もいる。だから新聞は、まだまだ「知識人の嗜み」って感じだ。
そうして、今朝も、あたしはマリアに髪をといてもらいながら、新聞を読んでいた。
するとね、書かれていたんだ、ばっちりと。
『アシュベリー公爵令嬢、公爵領視察を開始』
(書くんじゃねえ!)
思わずうなりそうになったけれど、マリアが懸命に髪を整えてくれている最中だから、なんとかこらえた。
にしても、教会の司祭様は真面目だなぁ。
書いてあったんだよね。あたしの視察についての記事に、『アシュベリー公爵令嬢の指摘によって、教会が運営する孤児院が抱える問題が発覚した』『現在、教会側で調査を進めている』『司祭は「令嬢の洞察力には学ぶべき点があった」とコメントした』って。
いや、あたしの名前をなんで出した、って思うところだよね。
出さなくてもいいじゃん。あたしだって求めてなかったんだしさ。
でもそれをしちゃったところに、あの司祭様の性格が現れてる、気がする。
ただ、この書きかただと、あの(聖女を支持している)教会が(聖女を苛んだはずの)公爵令嬢を評価していると受け止める人間はいるだろうって、思った。
教会の、あたしへの高評価を、わずらわしく感じる人間もいるだろうってね。
その筆頭は、きっとヒロインだ。
そして王太子たち。元幼馴染たちも、いい顔はしない気がする。
そういえば護衛の数が多かったことをローレンスに指摘するついでに、なにがしらの襲撃の情報でも入手したのかって、確認したんだよ。
うん、さすがは有能執政官。
誤魔化すよね、隠すよね、そんな情報があったなんて。
ただ、ローレンスたちは、あたしが狙われるにしても、公爵領に住む人間による襲撃だとは考えてないんじゃないかな。
そんな感じだった。
あたしの醜聞は、もうとっくに、この公爵領へ届いている。
それなのにローレンスたちは、公爵領の民があたしを襲撃するとは考えていないみたいだった。
あたしが慕われているからじゃない。
たぶん、あたしが領主代行だからだ。
この土地で生活する以上、領主代行を襲うなんてリスクが高すぎる。
だから自然と、襲撃を企てる人間は、外部の人間だと考えてるんだと思う。
そしてね、それは半分正解で、半分間違えてるんだ。
あの物語において、これから悪役令嬢を襲撃する存在は、孤児院を追われた元職員の関係者だった。
でももちろん、その人物だけでは思い切ったことはできない。
ローレンスたちは見逃している。
その人物が襲撃を決めた理由をね。
それは王都からこの公爵領にまで届いた、あの噂だ。あの噂は、自然に広まったものじゃない。
王都に住む誰かが、意図して流したものなんだ。
(面倒だな)
身支度を終えて、ダイニングルームに向かいながら、あたしは軽く息を吐く。
まちがいなく、これから多くの人を巻き込んだトラブルが起こるとわかっているのに、防ぎようがないっていうのが、本当に厄介だ。
(もう十分に、あたしを追い落としたでしょう?)
窓の外、王都の方角を眺めながら、あたしは心の中でつぶやいた。
あたしがここで生きている限り、満足できないのかな。
聖女様。
