型通りの期待

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 朝食を終えて執務室での急ぎの決裁を済ませた後、あたしは陳情室に向かった。

 視察も終わらせたからね、実際に公爵領の人々の声を聞こうって流れになったんだ。だから職工ギルドや商人ギルドの代表者、特別に陳情したいという領民にきてもらうことになったんだ。それぞれの立場から、執政者に希望することはないかってね。

 とはいうものの、あたしは聖女を苛んで追放されたという噂の公爵令嬢じゃん?
 そんなに多くの人は来ないんじゃないかなあ、午前中で終わるんじゃないかなあ、終わったら孤児院の様子を見に行ってみるかなあと考えていたんだけど。

 甘かったよね。

 何人の領民の話を聞いたのか、あたしは途中から数えてない。
 あたしの補佐をしているジョシュアが、次々と領民を招き入れるから、必死になって対応してたんだ。
 いろんな話をして、その度にジョシュアに確認をして、あたしは指示を出して。

 気づけば喉も腹も、そろそろ限界を迎えようとしていた。

「――では、冬の薪代が高騰する件については、そのようにしますがよろしいかしら」
「はいっ。はい! ありがとうございます、セラフィーナ様」
「これでなんとか今年の冬を乗り切ることができます!」
「よろしいのですよ。早い時期に相談に来てくださって、ありがとう。おかげさまでわたくしたちも対処することができそうですわ」

 ペコペコと頭を下げる老夫婦を、にこやかな微笑みを浮かべて見送ったあたしは、二人の姿が扉の向こうに消えたとたん、笑みを消して、大きく息を吐いた。

「おつかれですね、セラフィーナ様」

 さすがに苦笑を浮かべたレイモンドが、あたしを労ってくれる。

「もうとっくにお昼を過ぎていますから、いったん、休憩しましょうか」
「ええ? だめですよう、陳情するために並んでいる人は、まだまだいるんですから~」

 レイモンドがあたしを思い遣って提案してくれたんだけど、ジョシュアがあっさりと却下する。

 鬼かあんたは。
 お茶も飲まずに、たくさんの人々の相談に応え続けたあたしの声が掠れてきたことに、気づいとらんのか。

「しかしな、ジョシュア」
「だめです。そもそも陳情にやってくるみんなだって、暇を持て余しているわけじゃありません。忙しい農作業や、仕事、家事の合間をぬって、それでもやってきたんです。手早く陳情を受け、手早く終わらせなければ、明日にまたぐ可能性もある。その場合、むしろ彼らのための陳情が、彼らにとっての害にしかならなくなるんですよ」

 ぐうの音も出ない、見事なご指摘だった。

 あたしは息を吐いて、レイモンドを見た。
 レイモンドを宥めようとしたんだけど、あたしの視線に気づいた彼は、あたしを見返して、表情を引き締めた。

 あ、まずい。どうやらあたしが限界を迎えつつあることに気づいたみたいだ。

 レイモンドがさらに、ジョシュアへ反論しようとしたとき、控えめなノックが響いた。

「失礼いたします。ただいま、よろしいでしょうか」

 扉越しに響いた声は、マリアの声だった。ジョシュアがいち早く動く。扉を開けて、「どうしたんだいマリア」と話しかける声が聞こえた――と思いきや、マリアがジョシュアを押しのけて、ティーワゴンを押して入ってきた。あたしを見て、にこりと微笑む。

「ローレンス様のお言い付けにより、軽食をお持ちしました」

 マリア……っ。あんたはまさしく聖母様だよっ!!

 レイモンドが安堵したように微笑み、対照的にジョシュアが難しい顔をした。

「ええ? 困るよ。だってまだ」

 マリアはジロリとジョシュアを見上げた。

「文句があるなら、ローレンス様に申し上げなさい。そもそも、陳情を要約して、セラフィーナ様にお伝えするのがあなたのお仕事なのに、手を抜いているのはあなたでしょう。陳情にきたみなさんにも軽食を用意したけれど、あなたの分はありませんからね。セラフィーナ様が休憩されている間、存分に、ローレンス様に叱られてきなさい」
「ええ、そんなあ」

 ジョシュアは情けなく眉を下げたが、マリアが腕を組んで譲らない姿勢でいると、しょんぼり肩を落として、部屋を出て行った。

 マリアはそんなジョシュアを見送った後、あたしたちに向き直った。
 とても、責任を感じている表情だ。

「申し訳ありません、セラフィーナ様。ジョシュアは仕事熱心なのですが、その分、暴走しやすくて。彼の暴走にもっと早くに気づけばよかったのですが、うかつでした」
「いいのよ、マリア。他のみんなにも、配慮してくれて、ありがとう」

 あたしはそう言いながら、さりげなくレイモンドに視線を向ける。

 ひとつうなずいたレイモンドは、マリアからティーワゴンをさらりと引き取り、「いっておいで」と告げた。
 ハッとレイモンドを見て、あたしを見て、マリアは目を丸くする。

 あたしが微笑みながら、マリアを見ていたことが意外だったのだろうか。

「わたくしの世話はレイモンドがしてくれます。だからあなたは、ジョシュアの面倒を見てあげて。自覚は薄いみたいだけど、ジョシュアも疲れてるみたいだから」

 あたしがそう言っても、マリアはまだためらっていたのだけど、レイモンドがさらに「セラフィーナ様のおっしゃる通り、ここは私に任せなさい」と言葉を重ねたことで、吹っ切ったようだ。

 あわただしく一礼して、部屋を出ていく。

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