型通りの期待
3
レイモンドと二人で残されたあたしは、今度こそ、気を抜いた。
ぐるぐると腕を回し、肩のこりをほぐした。その脇で、レイモンドが軽食の準備を進めてくれる。ティーカップを受け取り、ぐびぐびと紅茶を飲んで、ふうっと息を吐いた。
「生き返ったわぁ……」
あたしがそう言うと、レイモンドが苦笑した。
「まるで酒場にいるオヤジですね。おかわりはいかがですか」
「お願い。ああ、でもちゃんとレイモンドも休んで。休憩が必要なのはあんたも一緒よ」
「仕事なんて、ほとんどしてませんでしたけどね、俺は」
「なに言ってんの。あたしの護衛という仕事をしてたでしょーが」
そう言いながらあたしはティーワゴンをのぞきこんだ。
マリアが用意させたのだろう軽食は、いろんな種類のサンドウィッチだった。
どれから食べようかな。やっぱりここは、しょっぱい系からいこうか。でも頭を使ったんだから甘い系からいきたい気もする。そう思い悩んでいると、レイモンドがぱぱぱっとサンドウィッチを小皿に取り分けてくれた。
うん、見事にわたしが食べたいと思っていたものを選んでくれてるよね。
クリームチーズとスモークサーモンのサンドウィッチを選んで、口に運ぶ。
アクセントのハーブがいい感じ。
レイモンドはきゅうりのサンドウィッチを選んだ。
シンプルだけど瑞々しくて、ソースにコクがあって、美味しいよね、それも。
「セラフィーナ様は、お人好しですね」
そんなふうにうまうまと食事を堪能してたから、レイモンドの言葉に反応が遅れた。
こくんとサンドウィッチを飲み込んで、あたしは目を丸くしてレイモンドを見た。
レイモンドはぐいと親指で口元についたソースをぬぐう。
あたしの視線に気づいているだろうに、沈黙したままだ。
なんというか、慎重に言葉を選んでいるかのように見える。
だからあたしは、レイモンドを見つめながら、じっと彼の言葉を待つことにした。
そういえば、こんなふうにレイモンドを見つめるの、初めてかもしれない。
つくづくと、整った顔立ちをしている。
あたしはセラフィーナの容姿を最高の美女だと評価しているけれど、レイモンドはそのセラフィーナと並んでいても、絶対に見劣りしない容貌の持ち主だ。
でも女性っぽいかといえばそんなことはなくて、騎士団で鍛えてるからか、しっかりと男らしい体格に恵まれている。
おまけにとても優秀だ。
事実、あたしに先んじて学園に在籍していたころから、女性たちに人気があったし、公爵家ではなく自分の家へ仕えるよう、レイモンドを勧誘する令嬢さえいた。
すごいよね、公爵家の執事を勧誘するかと思ったもん。
まあ、それだけレイモンドが魅力的ってことだろう。
でもレイモンドはきっちりと、すべての誘いに断りを入れてきたんだ。
――俺は、十二のとき。あなたに助けられたときに、あなたの望みを叶えると自分に誓った。その誓いを違えるつもりはありません。
公爵領に発つ前、あたしの部屋で言われた言葉を思い出す。
(律儀よね)
八年前、王都を探索していた八歳のセラフィーナは、男に殴られていた少年を助けた。
もちろん八歳の少女に、少年を殴ろうとする成人した男を止められるはずもない。実際には、セラフィーナを護衛していた騎士が男を制止したわけなんだけど、その後、その少年を公爵家に迎え入れる決断を下したのは、セラフィーナあたし自身だ。
あのとき、あたしは。
「……セラフィーナ様」
いつの間にか、サファイア色の瞳があたしを見ていた。
ちょっとだけ、鼓動が早くなる。
あたしはレイモンドのこの瞳に弱い。
「なに」
ぶっきらぼうにそう言うと、むしろ呆れたようにレイモンドは言った。
「それはこちらの言葉ですよ。なんで俺を、そんなにまじまじと観察してるんですか」
「観察いうな。あんたの言葉を待ってただけだっつーの」
あたしはそう言って、もうひとつ、フルーツとクリームが挟まったサンドウィッチにかぶりつく。「俺の言葉ねえ……」とつぶやいたレイモンドも、サンドウィッチを口に運んだ。あたしはサンドウィッチを飲み込んで、唇を尖らせる。
「だって、なんだか言葉を選んでる感じがしたから。これでも気を利かせたのよ」
「それはそれは、ありがとうございます。あまりの熱視線に、俺は困惑しましたがね」
「熱視線いうな。で、なんだったの?」
あたしがそういうと、レイモンドはふっと苦笑した。
「もう言いましたよ。あなたはお人好しだとね」
隠し事をされている気配を感じ取って、あたしは半目になったけれど、レイモンドがそれ以上、なにごとかを言い出す気配はない。
黙ってサンドウィッチを食べ終えて、あたしの世話に戻るから、あたしは存分に世話をされてやった。
物分かりのいい主人に恵まれたこと、レイモンドはもっと、感謝すべきだと思う。
