型通りの期待

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 本当に終わるのか、と思われた陳情は、晩鐘が鳴るころにようやく終わった。

 もともとこの時期は、夕暮れが遅いぶん、陳情が長引きやすいらしい。
 それでもあたしが受けた今回の陳情は、これまでの陳情でも、特に長引いたほうだとマリアが言う。

「まあ、その理由は妙に張り切ったこの人のせいですけど」

 あたしにティーカップを差し出しながら、マリアはジロリとジョシュアを睨む。
 陳情の内容をまとめながら「だってねえ」となぜだか照れたようにジョシュアは笑う。

「セラフィーナ様ってとても真摯に対応してくださる方だからねえ。領民のみんなにも、セラフィーナ様がそういう方だって知って欲しかったんだよねえ」

 マリアの淹れた紅茶を飲みながら、あたしは複雑な気持ちになった。

 真摯て。あたしはそんなに肩に力が入っていただろうか。
 振り返ってみても、心当たりがない。

 たしかに、領地運営をおろそかにしたくないと考えているし、できる限りの努力を尽くそうと思ってるけれど、それが真摯と言われるかといえば、ちょっぴり疑問だ。

 真摯ってもっと、領民の立場に寄り添ったものとちゃう?

 あたしの場合、領民に寄り添ったとは言えないと思う。
 どちらかといえば、強迫観念が追い詰めてくる感じ。

 だっていつも頭の隅っこで考えてるもんね。
 『物語の悪役令嬢なら、もっと劇的に、ぱぱっと領地を収めていた』って。

 あたしはモブだ。
 悪役令嬢のように、鮮やかに成果を出すことはできない。

 本来ならもっと豊かになれたかもしれない領民のみんなに、申し訳なくて、だから必死になってるって感じ。

 だから、真摯、ちゃうよ。
 もっと利己的だよ、あたし。

 でもそのあたりを説明しようがないから、あたしはあいまいに微笑んで紅茶を飲んだ。
 するとジョシュアが不思議そうに首をかしげる。

「もしかしてセラフィーナ様。ご自分が真摯だという自覚は薄いんですか」

 おお、ツッコミがきた。

 否定することも肯定することもできない。
 さて、どうしようと考えていると、ジョシュアは身を乗り出してくる。

「でしたら、この機会に御自覚ください。少なくとも、これまで放置されてきた孤児院の問題にいち早く気づき、そして確実に対応できる者にセラフィーナ様がお伝えくださったおかげで、子どもたちは救われたんですから」

 ……いや、本当に困るよね。これ。

 あたしが孤児院の問題に気付いた理由は、あたしの観察力が優れていたわけじゃない。

 あらかじめ、孤児院が養育費を着服しているという物語情報を入手していたからこそ、重箱の隅をつつくように観察しまくって、なんとか手がかりを得たんだもの。

 ちょっと、ヒヤリとする。
 あたしが評価されてる理由には、まちがいなく、前世で読んだ、この世界の物語知識があるからなんだなって実感させられた。

 なら、物語に書かれてない出来事が起きたら、どうなるんだろう。
 モブでしかないあたしは、そのとき、きちんと対処できるんだろうか。

 いまからでもあの物語の主人公らしく、振る舞ったほうがいいんだろうか。

(でも、あたしは、)

 沈黙しているあたしに困惑したように、ジョシュアとマリアが顔を見合わせている。ああ、フォローしないと、と考えたんだけど、あたしはどうフォローしたらいいのか、さっぱりわからなくて沈黙している。そのとき、開いたままの扉が軽く叩かれた。

「戻りました。なんですか、この空気。修羅場ですか」

 レイモンドだ。
 おまけにその言葉のおかげで、この空気がかなり救われた。

 あたしはほっとしたけれど、レイモンドが浮かべている表情に、それどころじゃないんだな、って気付かされた。
 気持ちを引き締めて、ティーカップをソーサーに戻す。

「おかえりなさい。なにか、ありましたか」

 あたしがそう言うと、ジョシュアもマリアも表情を引き締めた。
 レイモンドはひとつうなずく。

「陳情を申し出た者の中に、いまだ姿を見せていない者がいます。現在、騎士たちが館内を探索していますが、セラフィーナ様にもご用心いただきたく、ご報告に参りました」
(ああ、やっぱりね)

 物語通りの展開だ。
 あたしはあごを指で挟んで、これから起こる事件の詳細を思い出そうとした。
 するとレイモンドは、渋い表情を浮かべる。

「セラフィーナ様。まさかとは思いますが、ご自身を囮にしようとか、考えてらっしゃらないでしょうね?」
「え?」

 思いがけない言葉だったから、単純に、何も考えずに声を上げたんだけど、いかんせん、あたしをそれほど知らないマリアとジョシュアは思いっきり誤解したようだ。

「いけません、セラフィーナ様!」
「さすがにそれはー、僕だって反対しますよー」

 その勢いに押されて、あたしは目をまたたく。
 必死な表情を浮かべてる二人を見て、あたしは微笑みを浮かべていた。

「大丈夫よ、二人とも。そんなこと、しないから。するわけないでしょう?」

 心配してくれる二人を安心させたくてそう言ったんだけど、二人の様子は変わらない。
 それどころか、二人はそろって、困りきったようにレイモンドを振り返る。

 なぜだ。あたしは事実、囮になるつもりはないぞ。
 そんなことをしなくても、襲撃者はちゃんと、あたしに襲いかかってくれるんだから。

 ただ、思い出したことがある。

 襲撃者は孤児院を追われた元職員の、恋人だったんだよね。結婚まで秒読みだった。でも今回の件を受けて、その婚約者が捕縛される。だからあたしを恨んで襲撃を計画した、という事情があるんだ。そしてその襲撃の決め手になった要素は、あたしが聖女を苛んで追放された高慢な公爵令嬢だったから、という噂なんだよね。

(……後味、悪いよね)

 あたしに関する、誇張された噂がこれからの襲撃を引き起こすなら。
 あたしは、噂を放置した責任を取るべきじゃないだろうか。

 だからあたしは、そのまま立ち上がった。
「セラフィーナ様」とレイモンドが声をあげるから、あたしはそのまま静かにレイモンドを見返した。

 そのサファイアの瞳のなかに、キッパリとした表情を浮かべたあたしが映っている。
 少し沈黙して、レイモンドは息を吐いた。

「襲撃者が潜んでいるだろう場所に、心当たりがおありですか」
「あたしが幼いころ、セドリックと遊んでいた隠れ場があるわ。大人の男では入り込めないくらい狭い場所よ。でも女性なら入り込めるかも。たぶん、あたししか知らない場所でしょうから、あたしが行くわ。ついてくる?」
「当然です」
「わたしも行きます!」

 レイモンドが即答すると、マリアも名乗りを上げる。
 いやそれはダメだろう、と思ったとき、マリアは毅然とした眼差しをあたしに向けた。

「バカにしないでください。わたしも貴族令嬢の侍女として、教育を受けた身です。襲撃者を取り押さえることはできなくても、主人を庇うことはできます」

 責任感あふれる、無謀な発言にあたしは眉を寄せた。

「ダメよ、マリア。そんなつもりなら、ますます連れていけないわ」
「セラフィーナ様っ」
「だからあなたは、ジョシュアと一緒に騎士たちを呼んできて。場所は北庭にある温室。その温室の中にある荷物庫よ。あなたがやってくるまで突撃はしない。それを約束するから」

 あたしがそう言うと、マリアは悔しそうに顔を歪めた。
 でもすぐにうなずいた。

 ジョシュアを見て、二人は駆け出す。
 慌ただしい足音が遠ざかっていく。

 静かになった部屋で、レイモンドはジャケットの内側に触れ、軽く目を細めた。

「それではセラフィーナ様。俺の背後から出ないように」

 あたしも、護身用に持ち歩いてる短剣の感触を確かめてから、言った。

「もちろんよ。悲鳴くらいは我慢してあげる」

 レイモンドがチラリと笑った。

「あなたがおとなしく悲鳴をあげてくれる令嬢なら、俺の苦労はもっと少なかったですよ」
「ほっとけ」

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