型通りの発展
1
「だらだらした~い、のんびりした~い」
あたしはぺたりと執務机に懐いて、駄々をこねた。
するとあたしから離れて茶の準備をしていたレイモンドが、あっさりと言う。
「そうしたらいいじゃないですか。ローレンス卿も他の文官も、別に咎めませんよ」
「うー」
簡単にあしらわれてしまったあたしは、恨めしげにレイモンドを見上げる。
あたしの視線に気づいてるだろうに、いまこの執務室にいるのは自分だけだからか、レイモンドもあたしに対して遠慮がない。
あたしの子供じみた愚痴を軽くあしらってる。
やがて茶の準備を整えたレイモンドは、チャイミルクティーをあたしの傍に置いた。
「はい。せっかく淹れたんですから、温かいうちに飲んでください」
「茶菓子はー? 茶菓子もないとやだよー」
さらにあたしがワガママを言うと、レイモンドは呆れたようにあたしを見下ろした。
「さっき、『どうせなら孤児院の子達が販売を始めたお菓子を買ってきてくれないかしら。評判いいんでしょう? 食べてみたいわ』とマリアに言ったばかりでしょう。あれからまだそんなに時間は経ってないんですよ」
「だって、小腹が空いたんだもーん」
そう言いながらあたしは起き上がって、レイモンドが置いてくれたティーカップを取り上げる。そっと唇をつけて、レイモンドが淹れてくれたチャイミルクティーを飲んだ。甘い。でもこのスパイシーな甘さが欲しかったあたしは、口元をほころばせた。
――キャシーによる襲撃(?)からもう、一ヶ月が経とうとしている。
あの翌日、キャシーことキャサリンは家族に迎えられて帰宅した、らしい。
らしいという伝聞になっている理由は、あたしがその場に立ち会わなかったからだ。
や、「わたくしの執事があなたがたの大切な娘さんを傷つけてしまってごめんなさいね」という詫びを入れるべきかとも思ったんだけどさ、あくまでもそれはキャサリン嬢を助けるための口実だってみんな思ってるみたいだったし、なによりあたし自身、その気にならなかったんだよねー……。
だってさあ、ローレンスが、あたしをお祖母様に似ている、と言ったからさ。
これ以上、『領民想いで慈悲深い公爵令嬢』の虚像を広げたくなかったんだよ。
だからあたしはその日も執務室に閉じこもって、普通に仕事をしてたんだけど、想像以上にタチが悪かったよね。
身分制度ってシステムは。
キャサリンへの行為が、どうも過剰に評価されたみたいなんだ。
あの高慢で嫉妬深い公爵令嬢は、本当はかなり慈悲深いお方らしい、という新たな噂が公爵領に広がってしまったのだ。
いや、あたしはただ、普通に、娘さんに更生の機会を与えただけだよ?
だけど、身分が高い令嬢が行うと、その普通の行為すら過剰に評価されるんだ。
加えて、その噂が広まった理由には、ローレンスたちの暗躍もあったから、事態を把握したときには頭を抱えてしまったよね。や、キャサリンの自供からさ、あの噂を放置したらまずいと思ったらしいんだけど、それにしたって振り幅大きすぎだろ、噂!
あと、新しい噂のほうが領民たちには好ましかったんだよ。
自分たちを治める領主代行が、高慢で嫉妬深い人物であるのと、領民想いで慈悲深い人物であるの、どっちがいい? って話だ。
人はおおむね、正しさを求めたりしない。ただ、自分の好む物語を選ぶ。
そしてどうやら、公爵領の領民たちは『慈悲深い公爵令嬢』という物語のほうがお気に召したらしい。さらにあの伝説的な前公爵夫人に似ているそうだとなれば、単純に、これからの暮らしが豊かになりそう、という期待も持てるんだろう。
誤解しちゃあ、いけない。
これからの生活が豊かになるのだとしたら、それはあたしが前世知識で無双したからじゃない。ローレンスやジョシュアたち、有能な文官たちが日々を務めてるからだ。
あたしは、そんな彼らが整えてくる書類にサインしているだけ。
それなのに、あたしの評判まで上がっていくんだから、タチ悪いよほんと。
(ああ、いやだ。せっかくチャイミルクティー飲んでたのに、気分がやさぐれていく)
レイモンドがくすりと笑う。
「おかわり、必要ですか」
「それ、あんたの分じゃないの?」
「いやですね、セラフィーナ様」
にっこりとレイモンドが笑う。
「いつ、誰が戻ってくるかわからない状況で羽を伸ばせと? いやですよ、俺は。居心地のいい執事生活維持のために、『疲れた主人を労る執事』を演じさせていただきます」
「ほー」
あんまりな言い分に、あたしは目を細めた。
そういうこと言うならこいつ、仲間はずれにしてやろうか。
いやね、いま、領地の新しい名産品をつくろうって話が出てるんだよ。それで何かしらのアイディアを求められたから、チャイミルクティー風味の焼き菓子を提案したんだけど、そうしたら、その味見をたびたび求められてるわけ。
だからその味見から、レイモンドを仲間はずれにしてやろう。
実はレイモンド、チャイの風味気に入ってるんだよね。うしし。
「ああ、そうだ。セラフィーナ様。孤児院で販売している菓子ではありませんが、茶菓子はあるんです」
レイモンドがそう言いながら、小皿にのせたパウンドケーキを、ティーソーサーの隣へ置いた。
一人分。おまけにホイップクリームまで添えられている。
「新しいパウンドケーキの味見をお願いしますとのことです。俺もすでに試食しましたが、今回のスパイス配合は、なかなか焼き菓子に合っていましたよ」
「……さよか」
あたしは大いなる敗北感に襲われながら、ケーキフォークを手に取った。
ひと口。
ん、たしかにこのスパイス配合は化けた感がある。
これまでのパウンドケーキは、ちょっと酒のつまみにぴったりな感じだったんだよね。甘みが足りなかった。でも今回は、甘さとスパイシーさがちょうどいい感じ。
「お気に召しましたか」
「ん。これまでよりずっといいね。甘みが増えてるから。でも経費が高くならない?」
なにせ砂糖は他の領地から輸入する産物だ。
甘みが増した分、確かに美味しい。でも砂糖の使用量が増えるなら、値段にも反映させないといけないだろう。
スパイスも高価だけど、砂糖ほど使用しないからまだまかなえる。
そして菓子は嗜好品だ。領民が気軽に買えなくなったら意味がない。
「それがですね。セラフィーナ様の思いつきが、またひとつ形になったそうですよ」
「え?」
あたしが驚いたことがおかしかったのか、レイモンドが微笑みながら続ける。
「なんでも甜菜糖というらしいです。覚えはないですか、セラフィーナ様?」
「てん、さい、とう?」
なんでここで、その名前が出てくるんだ!! と思ったよね。
いや、あたしに甜菜糖を思いついた記憶はない。
ないんだけどなー。
ない、よね?
