茶道部のおもてなし 第二章
(8)
「次のお茶会は、五月の第二水曜日に行います」
次の部活動の日、学園長室から戻ってきた若菜がキリリとした表情で言った。
乃梨子が日曜日に購入した道具を部員たちに見せて、「へえ、かっこいいな」とか「猫の扇子って珍しいね」という感想でもりあがっているときの出来事だ。障子を開けて、開口一番、若菜がそういうものだから、乃梨子たちはきょとんと顔を見合わせてしまった。
「ああ、やっぱり連休明けに決めたのか」
いち早く立ち直ってそう言ったのは、隼人だ。若菜はうなずき、乃梨子を見る。
「今回のお茶会は中村さんの顔見せだからね。半東をしてもらいます」
半東。そういえば教えてくれたなあと思い出しながら結衣を見れば、結衣は神妙な顔でこっくりうなずく。たしかお茶を点てる亭主の補佐をする人を半東というのだった。
「亭主は? そろそろ二年に任せたいところだから、やっぱり奈元か北原かな」
「うん。迷ったんだけどね、今回は北原くん、お願いできる?」
部室に飾られていたカレンダーを眺めていた海斗は、ひとつうなずいて「わかりました。大丈夫です」と応えた。そのまま乃梨子を視線を移してきたから、会釈して「よろしくお願いします」といえば「こちらこそよろしく」と海斗も頭を下げる。
正直にいえば、海斗とはあまり親しくないから、その海斗の補佐をするなんて不安がいっぱいだ。そもそも亭主の補佐なんて、なにをすればいいのか、わからない。落ち着かない気持ちでいると、若菜が棚からファイルを取り出してきた。
「奈元さん、半東についてはむかしの先輩が作ったマニュアルがあるから、これを読んで流れを理解して。半東は、お茶会の司会者みたいなものだと考えればオッケーよ」
ファイルを受け取り、ぱらりとめくると、イラスト入りだった。それも茶室内での動きをわかりやすく図解してある。ちょっと安心しながら読んでみたところ、半東の仕事とはなにか、こんな感じでまとめられていた。
1・お菓子を正客の前に運ぶ。
2・亭主と共に入室し、挨拶をする。
3・お菓子をお客さまにすすめる。
4・お客さまと雑談をする。(掛け軸の説明など)
5・亭主が点てたお茶を正客の前に運ぶ。
6・亭主が点てたお茶を次客の前に運ぶ。
7・拝見用に茶しゃくとなつめを広げる。
そんな流れとともに、お茶会で告げる挨拶文も書かれていた。「本日はわたくしども苑樹学園茶道部のお茶会にお越しいただき、まことにありがとうございます」などなど。
(うん、訳がわからない!)
これは茶道を習い始めて一ヶ月の人間にできる仕事なんだろうか、と、不安になっていると、「大丈夫。結衣にもできたから」と海斗が言う。
なんともビミョーなフォローに苦笑していると、「その通りだけど、もうちょっとマシな言い方ないかなあ?」と結衣が海斗をにらんだ。でも乃梨子を見るときはやさしい。
「でも大丈夫。いざとなったら、なんとかなるよ。ましろさまだって、乃梨子ちゃんは飲み込みがいいって褒めてくれてたじゃない。鬼を相手にする訳じゃないんだから大丈夫」
「鬼より人間のほうが怖い。知らない人が来るんでしょ?」
「だから、知らない人じゃなくて同じ生徒の生徒会役員や先生たちだよ。薫ちゃんもくるんじゃなかったかな。そう思ったら安心できない?」
担任の名前を出されて、ちょっとだけ落ち着いた。
まあ、茶道部に入部した以上、避けられない道ならば前向きに頑張るしかない。いちおう、マニュアルを持ち帰っていいか、という許可を求めておいた。「中村さんはまじめねえ」と苦笑した若菜が軽くオッケーを出す。なんとでも言ってくれ、こちらは必死なんだ。そう考えた乃梨子は今日からさっそくマニュアルを覚えていこうと考えた。
「基本的な動きを学んで、毎回の茶席の流れを覚えたら、なんとでもなるよ」
激励のつもりなのか、海斗がそう言ってくれた。
臨機応変に動くには経験がものを言うんだよ、と反論したくなったが、彼の気持ちは嬉しかったから黙ってうなずいた。
やがてましろさまがやってきて、若菜が次の茶会の日にちを伝える。
ちなみに茶会には、ましろさまは参加しないらしい。
ましろさまを見ることができない人間が客として訪れるからだが、万が一、見ることができる人間がいても厄介だからだそうだ。せっかくの成果を見てもらえないなんてちょっとさびしいかも、と乃梨子が考えていると、ましろさまが「今回も館から遠見の術でのぞいていよう」と言うものだから、そういえば相手はあやかしだったと改めて思い出した。
獣耳があるだけの、ただの人間のように考えてしまっていた。
(でもましろさま、あやかしっぽいところってみあたらないんだよね)
そもそもあやかしっぽいところとはなにかという疑問が出てくるが、少なくともましろさまはこわくない。茶道の指導はたしかに容赦ないが、こまめに褒めてくれる。この間なんて、長時間正座をしていても、足がしびれにくくなる座りかたまで教えてくれた。
だからむしろ、とてもやさしいのではないかなあ、と乃梨子は思っているのだ。