茶道部のおもてなし 第四章
(4)
だがましろさまに呼ばれて、奥の間に入らない道理はない。部員たちは気を取り直して、丁寧な動きで奥の間に入る。立ったままでいるなんて失礼だから、ずらりと並んで座った。乃梨子の隣に、結衣と海斗が座った。結衣はまだ緊張している様子だ。
けれど、ましろさまはにこにこと笑っていた。その隣に座る黒髪の男の人も、腰まで流れるストレートヘアが印象的な女の人も、それから穏やかそうな男の人も、みな、微笑んでいた。あかつきはむーとなにごとか不満そうに唇を結んでいたが、こはるは以前よりもやわらかな印象で苦笑を浮かべていた。
「そなたたち、今日はご苦労だったな」
そういったましろさまは、やわらかな眼差しで結衣をみた。
「よくがんばった。昨年よりもずっと上達したのではないか? お茶も美味しかったぞ」
「……はいっ」
いちばんに労わられ、結衣は涙ぐみながら笑った。続いて隼人も褒められ、嬉しそうに頬をかいた。
ましろさまは一人一人に声をかける。乃梨子も歩きかたを褒められた。今日は招待を受けているのだから、遠見の術とやらで茶会の様子を見ていないと考えていたのだが、先生たちの前で半東をこなしているところもちゃんと見守っていたらしい。だから次は亭主に挑戦だな、とも言われてしまって、笑ってしまった。まだまだ次がある。
「ただな、ひとつだけ不満がある」
だけど最後にましろさまがそういったときに、部員たちはどきりとしたのだ。
「それはなんでしょうか、ましろさま」
緊張した面差しで、部員たちを代表して若菜が訊ねる。ましろさまは苦笑して、かと思えば、やや拗ねたような表情で言ったのだ。
「わたしはそなたたちと茶を共に楽しみたいのに、そなたたちは水屋にこもりきりだったではないか。これでは面白くない。そなたたちの成長を見ることができて、嬉しい気持ちは確かにあるが、物足りない。あかつきだってそう思うだろう?」
唐突に話しかけられたあかつきは、驚いた様子を見せたが、大きくうなずいた。
「はいっ。面白くないです。おれはっ、このまえのことを謝ろうと思っていたのに……」
そう言ってうつむいたあかつきをやわらかく見て、こはるが袖から何かをとりだした。白い手のひらにのせたものをあかつきに示すと、あかつきはぎゅっと唇を結んで、それをちいさな手のひらで受け取り、しびれなんて感じさせない、なめらかな動きで立ち上がって乃梨子と海斗に歩み寄る。そうしてこはるから受け取ったものを差し出してきた。
「え?」
「やる! この間の詫びだ」
そう言ってあかつきが渡してきたものは何かというと、折り紙で出来た薬玉だった。赤い薬玉と青い薬玉を、乃梨子と海斗が受け取れば、ほっとした様子であかつきが笑う。
「ましろさまに叱られて、反省したこの子があなたたちのために作りました。わたくしも己の狭量を反省しております。どうぞお許しくださいませ」
そう言ってこはるが優美な動きで頭を下げた。
乃梨子はあわてた。そもそも詫びてもらうようなことではない。けれどこはるもあかつきも譲らない様子だ。海斗と顔を合わせて、乃梨子は微笑んだ。海斗が口をひらく。
「謝られるほどのことをされた記憶はありませんが、お気持ちを受け取ります」
「とても素敵な薬玉を、ありがとうね」
すぐ近くにいるあかつきにそういえば、ニッと嬉しそうにあかつきは笑う。そのまま元の位置に戻る動きは、幼いながらも作法にのっとったもので立派だなあ、と感じた。
ましろさまが「さて」と口をひらく。
「次はわたしだな。そなたたちの気持ち、確かに受け取った。だから今度は、わたしがそなたたちを茶席に招待するぞ」
その言葉に困惑して、ぱちくりと目をまたたかせたところで、ましろさまの隣に座っている黒髪の男の人(やはり獣耳)が豊かな声で笑って、言葉を添えた。
「ましろさまの館にご招待する、という意味です。もちろんみなさまのご都合に合わせますよ。中間てすととやらが終わったころにでもいかがでしょうか」
「ましろさまの館っ?」
隼人がいち早く叫んで、「よっし!」とこぶしを握った。乃梨子は思わずぱかんと口を開けてしまったし、結衣や海斗も顔を見合わせた。どの顔も驚きと喜びに輝いている。学園のある山から、ちょっとズレた位置にあるというましろさまの館に行くことができるのだ。天狐たち、狐のあやかしが住まう場所へ。
もちろん未知の場所に行くのだから、少しばかりのおそれはある。でもそれ以上に、ワクワクと興奮したし、いっそ、いまからでも行きたいという気持ちになった。自然と部員たちの視線が若菜に集まった。若菜はおもむろに、ゆったりとした動きで頭を下げる。
「お招き、ありがとうございます」
丁寧な言葉に、乃梨子たち部員も、あわてて若菜にならって頭を下げた。
「ましろさまからのご招待、部員一同、つつしんでお受けします」
そう言った若菜は顔をあげて、くるりと部員たちを見渡した。イタズラっぽい表情を浮かべて、「そういうわけだから」とやけに朗らかな声を張り上げる。
「みんな、中間テストをがんばってねっ。くれぐれも赤点補習なんてことにならないように。赤点になってたら、せっかくのご招待だけど、メンバーには入れないから、しっかり勉強すること。特に奈元と中村さん。渡辺先生が気にしてたよ?」
乃梨子は思わず、結衣と顔を見合わせた。
教室では前後に座ってるのだ。授業中、こそこそと茶会の復習をしていた事実をお互いに察している。だから中間テストがやばいかもしれないという予測はできていた。
「……鈴木さんにノート借りようか」
「お隣のクラスだけど、海斗も巻き込んで勉強会しよう」
なにしろ中間テストまでもうすぐだ。二人の会話を聞いた海斗が頭をおさえている。だが結局、しかたなさそうに笑った。みなも笑っている。こっそり見たら、あかつきも子供らしい笑顔で笑っていた。こはるがあたたかな微笑みで、あかつきを見ている。
(ああ、よかった)
ふたつの茶会の成功を確信して、乃梨子もそっと微笑んだ。