イエー!

「あたしと付き合ってくださいっ!」
「断る」

 すらりとした長身が前を歩いていた。

 先輩だ! 気づくと同時にダッシュをかけていた。

 先輩は気配に敏い。声をかけるより先に振り返った。深いチョコレート色の瞳にあたしが映った次の瞬間、いつものように大声で交際を申し込む。直ちに返ってきた返答は拒絶。がっくりとあたしは肩を落とした。でもまわりは、わっと盛り上がった。

 負けたー、だの、まだまだかー、というにぎやかな声が交差する。

 あたしの告白はすっかり名物となっているのだ。いつ、あたしが先輩を諦めるか、あるいは、諦めた先輩が告白を受け入れるか、と賭けている生徒がいるらしい。先輩に告白している人は他にもいるのだけど、賭けの対象になっているのはあたしだけだ。

 あたしってば応援されてる!? と喜んだら、ことはが、どこまで前向きなのよ、と笑ってくれた。彼女はいつでもあたしの味方だ。

(まあ、過去を思い出すのは後回しにして)

 いまは目の前にいる先輩だ。

 どういうわけか、いつもならすぐに立ち去る先輩がじっとあたしを見つめている。

(これはもしかして!?)

 たった今、受け止めた拒絶なんてすっかり忘れたあたしは、きらーん☆ と瞳を輝かせながら、すすす、と先輩に近づいていった。

 ほんの少し、いやそうな表情を浮かべてまわりを見回していた先輩は、溜息混じりにあたしを見おろし、こつん、とこぶしをぶつけてきた。

 でも、痛くないの。

 驚いて目を丸くすると、「今日の放課後、空いているか?」と訊かれた。ぎらり。先輩を見あげる瞳が鋭気に満ちて、鼻息が荒くなったと自覚しながら、勢い込んで訊ねた。

「放課後デートのお誘いデスカッ!?」
「ちがう。今日、生徒会メンバーで学園祭について打ち合わせをするから、」
「他のメンバーを闇討ちにして二人きりを企んでもいいデスカッ!?」
「やっぱり聞かなかったことにしてくれ」

 言い捨てて、先輩はくるりっ、と向きを変えて速足で歩き去ろうとする。「やだもう、つれないんだから♡」と聞こえるようにつぶやけば、いらっとした表情で振り向く。

 あ、やばい。やり過ぎた。

 先輩の機嫌を見極めたあたしは、まじめな表情を浮かべ直して、ぴっと敬礼した。

「大丈夫です。今日の放課後までに、他の一年生メンバーに知らせておきます。ついでに各クラスの希望案を集めましょうか」
「助かるが、そんなことをしていたら、おまえの自由時間が無くなるだろう」

 容姿端麗、頭脳明晰、文武両道と三拍子そろった先輩は、無口無愛想だと評判だけど、こういうときには表情豊かな人だなあと感じる。

 だってほら、苛立ちを半端な形でおさめたあと、思いがけない提案されたと驚いて、あたしを気遣う。

 さまざまな表情が、たったいまの一瞬だけで、くるくると浮かび変わるんだから。表情の変化を見届けられたことがうれしくて、にまっと心の底から笑顔を浮かべながら、「イエイエ」と先輩の危惧を否定しておいた。

 こんなこともあろうかと予習復習宿題は家で済ませている。昼休みやちび休憩のときに、ちゃっちゃと動けばいいのだ。

 にまにまと笑っていると、先輩は、ふっと苦笑してくれた。

 きゅん、と心臓が鼓動を打つ。なんて素敵な笑顔なんだろう。ほんの一歳しか離れていないのに、すごく大人びて柔らかさに満ちた――――、

「じゃあ、頼む。そのうち、埋め合わせはするから」
(――――、)

 軽く手を上げて、先輩は歩き去った。

 あたしは先輩の笑顔にうっとりしたまま立ちつくしてたけど、やがてはっと自分を取り戻した。正確には、職員室から担任の先生が出てきて、「どうしてここで立ってるんだ、遅刻にするぞ?」と話しかけてきたから我に返ったのだけど。

 ともかくぱたぱたと歩き出しながら、いま、与えられたばかりの先輩の笑顔と言葉を反芻した。

(じゃあ、頼む。そのうち、埋め合わせはするから)
(じゃあ、――。そのうち、埋め合わせはするから)
(――。そのうち)

(埋め合わせするから)

「埋め合わせするからっ!?」

 ぴたっ、と立ち止って大声で叫ぶと、背後から歩いていた担任が出席簿でがすんと頭を叩いた。痛い。でも気にならない。だってそれどころじゃない。

 埋め合わせするから。

 繰り返し繰り返し、遅れて認識した先輩の言葉が頭の中で響いている。いや、響かなくても響かせてみせる。ぐぐぐ、とこぶしを握り締めて、あたしは天へ突きだした。

「いやったーっ!!」

 苦節七十二日目にして、あたしはようやく先輩から好意的な提案を受け取ったのである。これに浮かれないでいられようか。いや、いられない(反語表現)。

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