「少数だからな。正面切って乗り込むより、こそこそ忍び込んだほうがいい」

 チーグルの部屋に集まって、裏付け調査に向かっていたセレスタンがそう切り出した。

 なにしろ簒奪王救出のために用意された人間は、わずか五名だ。これだけの人数で城につめている兵士、魔道士を相手にするのは、いくらチーグルがいようとも骨が折れる。もっともな意見にひとつ頷いて、キーラはテーブルの上に広げられた地図を見つめた。サルワーティオーで用意された地図に、新たに書き加わった線がある。カジミールが書いた線だ。

「これ、王さまの部屋に直通しているみたいだけど?」

 指差して訊ねれば、にやっとカジミールが笑った。

「おうよ。今日、もぐりこんで確認してきた。そもそもの情報は、スキターリェツとやらに教わったんだがな、非常時用の脱出経路さ。神殿と城をつないでいる」
「大丈夫なの?」

 スキターリェツは異世界人だ。そんな彼が知る脱出経路ならば、他にも魔道士が知っていてもおかしくない。それに神殿には不透明なところが多い。王の部屋に向かって、魔道士や兵士が待ち構えていました、と云う事態になっては困るどころではないのだ。

 脱出経路は、と、セレスタンが言葉を継いだ。

「今日確認した限りでは、長く使用された形跡がない。神殿側の出口は緞帳で隠されていたが、ほこりまみれで特に大切にされている様子もない。加えて、この街の神殿はサルワーティオーの神殿と違って、勢力争いに興味がないようだ。わずかな寄付金で神殿内に入れてくれるくらいだから、王都からの支援もないのだろう。仕えている人数も少ない」
「同じ国の、同じ神殿なのに、ずいぶんちがうのね」
「神殿と王族のつながりは古いが、この十年、唯一生存していた王族は力を失っていたからな。魔道士たちはこの街の神殿にまで手を伸ばさなかったようだし。それよりキーラ、こちらの服に着替えてくれ」

 云いながらセレスタンが取り出した服は、王宮でも見かけていた侍女の制服だ。白い上衣に、紺色の下衣、レースの前掛け、と云う三点セットを眺めて、キーラは首をかしげた。

「侍女の服はここでも同じなの?」
「ああ、これは侵入した王城で手に入れてきたものだから問題ないだろう」

 さらっと云い放ったセレスタンの隣で、カジミールが侍従の服を取り出している。キーラは大胆なセレスタンの発言に驚いた。脱出経路を確認しただけではなく、場内を探索してくるとは思いもしなかったのだ。思わず窓から外を眺めてしまう。王城はすでに夜の闇に沈んでいる。ひっそりと静かで、侵入した不審者を探しているような騒がしさはない。

「気づかれるようなへまはしないさ、大丈夫」

 キーラの不安に気づいたカジミールが片目をつぶったが、どうしても緊張は取れない。

 別室に移動して着替えながら、キーラはぴりぴりと反応している部分を意識した。

 これはただ、単純に緊張しているだけだろうか。それとも、魔道士であった部分が過敏になっているだけだろうか。

 敵地に潜入して対象を救出する、と云う経験はさすがに初めてである。だからどうしても不安をぬぐい取れない。カジミールやセレスタンは傭兵団に所属している専門家だ。だから任せても大丈夫、と云い聞かせているのだが、うまくいかなかったらどうしよう、と云う気持ちが強い。ましてや、いまのキーラはすでに紫衣の魔道士ではない。窮地に陥っても、魔道の力で切り抜ける方法は使えないのだ。

(あたし、――――結構、魔道に依存していたのね……)

 皮肉なものだ、とつくづく感じる。

 最近、感じているおぼつかなさは、まちがいなく魔道の力を失ってから覚えるようになった感覚だ。いざ、という状況に陥ってもどうにかできる、という自信があったから以前はこわいもの知らずだったが、いまはあらゆる状況に対する安全策を模索しなければ動けない。考えつくしたようでも、まだ閃いていない危機的状況があるのではないか、と不安になる。脳みそ筋肉、とは、かつてキーラに云われた表現だ。たしかに、と、いまになって腑に落ちる。

 つまり以前のキーラは、どんな危機的状況になっても魔道の力で自分を護れば大丈夫、と、考えていたのである。それはそれで頼もしいが、繊細な状況では乱暴に過ぎる方法だし、同時に傲慢でもある。

 ただ、こういうときにも、アレクセイは、と思考が向かう。

 以前、船で話していた。「あらゆる危機を考えて、」、回避するための手段を講じておく、と云っていた彼も、いま、キーラが感じているようなおぼつかなさを感じていたのだろうか。キーラから眺めると、アレクセイは王族を騙りながらいつも信じられないくらい、落ち着いていて、先に対して不安を抱いているようには感じられないのだけど。

(でも、そうじゃなくちゃ、ああいう言葉は出てこないわよね)

 そうして、それでもアレクセイは、だれも死なせるつもりはない、と断言していたのだ。

 だから、と、キーラは深く呼吸を繰り返した。

『だれも死なせるつもりはない』、ふわふわするような足元が揺れているような、いま、キーラが感じているおぼつかなさを感じながら、それでもそう断言していたというなら、キーラは心からアレクセイに敬意を抱く。敵と戦うより、多彩な可能性と戦うほうが怖い。

 きゅ、と、上衣の襟を整えた。レースの前掛けも身に着けて、いつも流している髪を結いあげた。鏡で確認して、どこもおかしくない、侍女らしく目立たない格好だと再確認して、移動中に汚れないよう、上からマントを羽織った。慎重になろう、と、心でつぶやく。

 だれも死なない事態をアレクセイが望むなら、キーラも同じ事態を目指すのだ。キーラはもちろん、一緒に行動する仲間たちも無事で戻れるように、確実にこなしていこう。