宝箱集配人は忙しい。
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僕は平凡な人間だ。
観察力も、思考力も、発想力も、平凡の範疇に留まっている。その僕が気づいた事実に、この場にいる、僕よりもずっと優秀な人間が気づかないはずがない。それぞれの得物を構えていた勇者たち一行は、一様に動揺して、それぞれの心情を、とても正直に、あらわにしている。
ふう、と、息を吐く音が響いた。
「やれやれ。藪をつついて蛇を出しちまったか」
神殿長だ。笑うしかない、そんな有様だった。
初めて見る類の笑顔に、僕は意外な気持ちになる。まさか、この人が、そういう人だとは思わなかった。チラリと勇者一行の様子を確認して、僕は口を開いた。
「つまり、神殿はずっと僕たちに。……社会に対して、偽りを語ってきたわけですね」
「……前々から思っていたが、ヴァーノン室長。おまえさんはこういうとき、とんでもなく肝が座るね。その言葉をいま、ここで形にすることで、神殿がおまえさんを放置できなくなる、と分かった上での発言だろう」
「ええ、もちろんです。形にしなくても、神殿は僕を放置するつもりはないでしょう?」
「ああ」
神殿長はそう言って、苦く笑った。目を伏せて、「衛兵!」と鋭く声を張りあげる。
たちまち、バタンと扉が大きく開かれて、衛兵が部屋に入ってくる。神殿長は、机の向こうに歩き出しながら「ヴァーノン室長を捕えろ」とそっけなく言い捨てた。
衛兵たちに一瞬、戸惑いが走る。「神殿長!」と勇者が抗議の声を上げる。だが、机の向こうの椅子に腰掛けた神殿長は、冷然とした様子を崩さない。あごの前で両手を組み、衛兵たちに「早く連れて行け」と告げるものだから、衛兵は僕の腕を捕らえた。
と、思ったら、いつの間にか近づいていた勇者がその腕をはらい、僕を引き寄せる。
「勇者どの」
その行為を咎める、僕と神殿長の声音が、きれいにそろった。僕と神殿長は、一瞬だけ視線を交わした。僕は勇者の腕の中で口を閉じ、神殿長と勇者のやり取りを聞いた。
「どういうおつもりか。ヴァーノン室長は、魔王に通じる者です。そのものを庇い立てるするとは、いくら勇者どののといえど、許容できませぬが」
「しらじらしいですよ、神殿長。ヴァーノン室長はそんな人じゃない!」
憤りを隠さない様子で、勇者は神殿長に向けて言い放った。
(真っ直ぐなんだよな、この人は)
勇者としての経験を重ねたとしても、さまざまな礼儀作法を身につけたとしても朴訥なところを失わないこの人は、結局のところ、自分らしさを失わないでいる人なのだ。
だから目の前で、知己が巻き込まれた事態に、放置できない人でもある。
僕は、一瞬だけ目を閉じて、小さく雷の術式を詠唱した。
僕を中心に放たれたその術式は、もちろん勇者を巻き込んだ。僕から弾かれるように離れた勇者に向けて、僕は冷ややかな眼差しを向けた。よろめいた勇者は、信じられないという様子で、僕を見つめ返す。剣士も、女神官も、魔法使いさえ混乱した様子だ。
それはそうだろう。一連の流れを見ていた彼らにしてみたら、僕は神殿の秘事に触れてしまった存在だ。そのために冤罪をかけられようとしている被害者でもある。だからこそ守ろうとしたのに、その当人から拒絶されたら混乱するのは当然だ。
「室長さん、どうして、」
「困りますね、勇者どの。魔王さまの手の者としては、敵対するものの温情は、迷惑でしかない」
落ち着いた様子に見えるよう、静かに声を張り上げながら、僕は神殿長を見た。
「これでも『魔王の尖兵』として矜持がある。大人しく従いますよ、いまのところはね」
神殿長の眼差しが、深みを増す。
「衛兵」と捕縛を促す神殿長の言葉を受けて、そろそろと近寄ってくる衛兵の腕を、僕は受け入れた。両腕を掴まれ、背後に固定される。術式の詠唱ができないよう、術具で口元も拘束された。完全な犯罪者扱いを受け入れ、僕は衛兵に拘束されて、歩き始めた。
僕が、このように振る舞った理由は、一種の賭けだ。
僕には、神殿の秘事をもらすつもりはない。神殿が人々を騙していようが、僕の手に負える話じゃない。おまえたちの望む通りに、魔王の尖兵としても振る舞ってやろう。
だが、その代わり、おまえも神殿の秘事をすべて明かせ。
神殿長は僕の意図に気づいた。でもその先は、どうなるかわからない。
神殿としては、秘事を知った部外者など、葬るほうがはるかに容易なのだから。
