宝箱集配人は忙しい。
第67話
ドラゴンの巨躯が、神殿の前庭に、ゆったりと身を横たえている。
双刀を収めて、僕はドラゴンに歩み寄る。紫色の瞳が僕を見て、微笑んだ。
『おぬしは……、本当に、わらわの期待を裏切らぬ』
胸の奥が熱くなる。その熱を抑え込むように、僕はそっと手を伸ばした。
気づいたドラゴンが、鼻先を僕の手のひらにすり寄せてくる。つるりとした鱗の感触が、どこか懐かしい。両手でその大きな鼻先を包み込んで、僕は笑った。
笑うしかなかった。もう、わかっていたからだ。
ドラゴンと僕の別れが、すぐそこにあるということを。
るるる、とドラゴンが唄う。
その詠唱と共に、僕と部下たち、そしてドラゴンを覆う結界が構成された。
視線を向ければ、神殿の中から衛兵たちが出てきて、ジリジリとこちらへ近づこうとしていた。ドラゴンの詠唱を受けて、衛兵たちは歩みを止める。
なるほど。
この結界は、彼らを巻き込まないためのものなのだ、と僕は思った。
『……さあ、始めようぞ。おぬしがわらわの継承者となるための、最後の儀式を』
「この場でよろしいのですか。余計な観客がいるようですが」
秘書どのがドラゴンに話しかけると、『この場がよい』というドラゴンの応えが返る。
『この場であれば、セシルの身にかかる負担も、少なく済むからの』
僕の背後に控えていた部下たちが、そっと息を呑む気配がした。
僕はゆっくりとうなずき、ドラゴンの前に進み出る。
『セシルよ。目を閉じよ』
言われるままに瞼を下ろした瞬間、熱と冷たさが混じり合った気配が、全身を包む。
視界は闇に沈んでいるのに、どこかで光がきらめいていた。
けれど、それらはすべて「外」ではなく、僕の「内側」で起こっている現象だと、すぐに理解できた。
(これは……僕の記憶?)
僕が積み重ねてきたすべての時間が、ひとつひとつ、光のように脈動している。
『よいか、セシル。継承とは、力を移すだけではない』
ドラゴンの声が、遠く近く、重なるように響く。
『わらわの力に、人の器では耐えられぬ。ゆえに必要なのは、力ではなく『核』じゃ。わらわが見守った迷宮の記憶、わらわが護ってきた意思、そして――おぬしを選んだ理由。そのすべてを、おぬしの魂に重ね合わせる』
鼓動が一度、大きく跳ねた。
そして、僕の内側に、海のように空のように、とても大きな感情が流れ込んできた。 世界そのものの想いだと思わせるほどの、ただひたすら――大きく、深く、あたたかい想い。
(……これが、ドラゴンの……)
『おそれるな。受け入れよ。わらわの想いにひたすら同調せよ』
僕の意識と、ドラゴンの意識が触れ合う。
重なり、混じり、溶けていく。
静かで、穏やかで、どこまでも優しい時間だった。
どれほど経ったのだろう。
『——よい』
その声を合図に、光がすっと引いていく。
闇と光が溶け合っていた内なる世界がほどけ、現実の空気が戻ってきた。僕の背後に立つ部下たちのもの思わしげな様子や、神殿からのざわめきを感じ取れるようになる。
そして、ドラゴンの紫色の瞳が、誇らしげに細められていた。
『継承は終わった。セシル・ヴァーノン、これより迷宮の守人は、おぬしだ』
その宣言の重さに、胸が震えた。
罪ではなく、宿命でもなく、僕が選んだ道の先で、ドラゴンが選んでくれた答え。
(……ありがとう)
声には出せなかったけど、ドラゴンには伝わったように思えた。
ゆったりと紫色の瞳が微笑む。僕たちを取り巻いていた光がキラキラとドラゴンを取り巻く。ゆっくりゆっくり、ドラゴンの輪郭がうすらいでいく。ほどけていく。
