ギルド長は目をまたたいた。気が抜けた表情は、キーラの発言への率直な驚きを示している。だが、すぐに表情を引き締めて、顎ひげを撫でた。ちらちらと好奇心あふれる眼差しに、誤解されている事実に気づく。キーラはぱたぱたと片手を振った。
「結婚した、とかそういう話じゃないから!」
「ふむ。そうじゃろうな。そうじゃろうとも」
(なに。その速やかな納得)
ぴくりと眉をひそめ睨んだが、ギルド長は深く納得した様子に見せかけて、キーラの抗議を無視した。眼差しは雄弁だ、おまえにそんな甲斐性はないと語っている。腹立つ爺だ。口を開いて文句を云ってやろうかと考えたが、それより先に、ギルド長が重々しく告げる。
「魔道士ギルドは、アレクセイ王子を全面的に応援すると決定した」
話題を強引に引き戻されれば、些末な不満など吹き飛ばすしかない。
「……ギルド長だけではなく、紫衣の魔道士、皆が同意したという意味ですか」
「いかにも。正統なる王位継承者が協力を依頼してきたのじゃ。断る理由はなかろう?」
眉を寄せて、いま、与えられた言葉の意味を考える。すぐに気付いた。
すなわち、魔道士ギルドはアレクセイ王子が偽物だと、知らない。そういう姿勢を崩さないという意味だ。真実が発覚したら、アレクセイ王子に騙されていた、と云い抜けるつもりでいる。一若者、一傭兵団の偽りすら見抜けなかった間抜け組織だと見なされようとも、これまで築き上げてきた信用を失うよりましだと判断したのだろう。
キーラは頭を振った。
「さっぱりわかりません。どうしてそんな危険を冒してまで、あのアレクセイ王子に思い入れるのです?」
「アレクセイ王子に、と云うより、ルークス王国に、と云うべきかの。我々はこれからのルークス王国に可能性を見出しておるのよ」
「偽物王子さまが統治する、ルークス王国に可能性を?」
辛辣な響きで云い返せば、ギルド長は意外なほどまっとうな表情でうなずいた。思惑をそのまま語り始めるかと考えたが、ギルド長は別の話題を持ち出した。スィンだ。
「ところでロジオンは本当に記憶を失っているのかの?」
「……念のためにうかがいますけど、ロジオンって誰です」
「おぬしと共に牢にいたのじゃろ? あやつこそ魔道士ギルドルークス支部の長じゃ。しかし、相変わらず驚異の童顔よのう」
やっぱりか。直感が当たった事実に、しかしキーラは唇を噛んだ。
都合が良すぎる。改めてそう感じ、警戒心が芽生えたのだ。スキターリェツに転移され、その先で精霊の里を見つけ、行方不明だった重要人物と出会う。なんて都合の良い展開だろう。短いとはいえ、これまでの人生で、キーラは手痛い失敗も経験している。だからこそ、スキターリェツと出会ってから失敗していない事実に気づけばやはり警戒が働く。
キーラの様子を見咎め、ギルド長は目を細めた。
「浮かぬ顔をしておるな」
「はい。なんというか、出来過ぎているような気がして」
「出来過ぎている?」
「あたしは、誘導されているかもしれません、じいさま」
するりと疑惑が口からこぼれて、ほっと肩から力が抜けた。
そうだ、キーラはスキターリェツに誘導されているかもしれない。心の奥底でたまっていたもやもやが、ようやく形になってくれた。ほう、とギルド長が興味深げにつぶやく。
「スキターリェツと名乗る人物がいます。いま、ルークス王国において中心的な存在となっている。おそらく、異世界から召喚された人物です」
「我ら魔道士の祖と同じ存在と云うわけか」
ギルド長がさらっと相槌を打つ。キーラもさらっと首肯して、硬直した。
(いま、なんて云った……?)
ぎぎぎ、とギルド長を見返せば、ギルド長はわかりやすく苦笑を浮かべている。
「その、スキターリェツとやらが敵ならば、我ら魔道士ギルドが総員でかかっても敵わぬかもしれぬ。我らは統一帝国時代、異世界より訪れた人間と、元々この世界にいた人間との間に生まれた異端児。世界に満ちる力を見る能力も行使する能力も、異世界人から受け継いだものだからの」
唖然と口を開けたキーラの脳裏に、ある一場面が浮かぶ。キーラが集めた力をやすやすと奪い、自分の力と変えたスキターリェツが、精霊の里近くへキーラを転移させた場面を。