いろいろな場面を眺めながら、キーラは苦笑していた。
魔道の方向が、自分の肉体に向かっている事実に気づいていた。だから方向転換しなければ、と考えながら、動き出せなかった。スィンの肉体に修正をかけるには慎重にならなければならないし、なにより、目の前の場面、自分に刻まれた記憶がくすぐったい。
同時に、安堵していた。魔道が示した記憶が、少年との記憶である事実に。つらい記憶ではない事実が素直にうれしかった。ありがたかった。ただ、やはり恥ずかしい感触もある。
(一人ではないから、なおさらね)
ちらり、と隣の若者を横目で見る。スィンは目をみはっていた。
いま、ふたりがいる空間を、はっきりとキーラは説明できない。感覚的に捉えているが、言葉での説明が難しいのだ。あえて云うなら、仮想空間と云うべきか。ただ、隣にスィンがいる事実、魔道によって眠ったはずの二人が並んでいる事実を自然に受け止めている。
「きみにもかわいい時代はあったんだなあ」
しみじみとつぶやくから、キーラはぴくりと反応した。ひとをなんだと思っている。
追及したくなったが、それもどうよ、と、止めておいた。なにより、自分はかわいいと評された過去はない。ここはありがたいと思おう。キーラは云い聞かせた。うん、魔道の修正もしなくてはならないし。必死に云い聞かせた。
「ただ、」
静かに自制していると、ためらいがちにスィンがつぶやいた。
「ぼくは彼を知っている、と思う」
(え、――――)
キーラはまたたいた。スィンが少年を知っている?
思いがけない言葉に困惑していると、スィンはキーラの目の前で眉を寄せた。右手で額を押さえ、なにかを思い出そうとしている。はっと閃いた。いまだ。
いまこそ、キーラに向かっている魔道を修復する機会だ。
すでに力はキーラのもの。だから言葉を唱えないまま、意志で修正した。
キーラが望む。スィンが望む。だからこそ、スィンの肉体に宿る情報が示されるよう。
「――――そう、わたしは知っている」
ぽつり、とスィンがつぶやいた。
憂いを含んだ表情は、これまでのスィンと印象が異なる。キーラは静かな心地で彼を見つめた。ぐらぐらとスィンの、あるいは、ロジオンの表情がゆらめく。魔道は修正された。
これより、スィンと呼ばれたロジオン・ヴェセローフの記憶が示される。
若者を眺めながら、キーラは自らに水面であれ、と命じた。
ありのまま、示されるように。
十年前にルークス王国で起きた出来事が、そのまま伝わるように。