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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

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茶道部のおもてなし 第三章

目次

(1)

 茶道で教わった内容は、実はどこでも実践できる。

 箸を持ち上げるとき、お茶を飲むとき、学校や家の廊下を歩くとき。だから乃梨子は機会を逃さずに、ましろさまから教わった内容を練習し続けた。自宅に帰宅したら帰宅したで、茶会の動画を繰り返し見たり、茶道部から借りているマニュアルを読み込んだり。

「なんだか最近、乃梨子が上品になったような気がする」

 授業が終わって、外庭掃除をしているときに、茉奈がポツリと言った。

 ほうきを動かしていた手を止めて乃梨子が首をかしげれば、落ち葉をちりとりで集めていた結衣が「だよね!」とあいづちを打つ。

「乃梨子ちゃん、どこでも茶道の練習をしてるんだもの。ちょっとびっくりしてる」
「え、あれ、茶道の動きなのか?」
「そうだよ。菓子を箸で取り分けるときとか、お茶を飲むときとか、畳の上で歩くときとか、そういうときの作法なの。熱心にやってるなあと思ってたけど、ここまでとはね」
「それだけハマってるってことか」
「ちがいます。日にちが迫ってるんだよ」

 どんよりとした表情を浮かべて茉奈を見ると、茉奈はちょっと引いた様子で結衣を見る。結衣は軽く肩をすくめて「茶会があるの」とあっさり教えた。

「茶道部恒例のお茶会が連休明けにあるんだけどね、乃梨子ちゃんは半東っていう司会者みたいな役割を任されることになったの」
「……そういえば去年、結衣も盛大に嘆いてたなー。学んでも学んでも覚えられないとかなんとか。中間テストもあるのに、なんでお茶会なんてするのーって叫んでたか。だからあたしゃ絶対、茶道部には入らんと決めたもんだけど、そうか、もうそんな季節か」

 納得した様子の茉奈がしみじみとうなずき、乃梨子は首を振った。

「中間テストはまだいい。最悪、赤点を取らなければ問題ないけど、お茶会の成功はわたしの肩にかかってるんだよ! 北原くんに迷惑をかけたくないし、必死にもなるって」
「乃梨子ちゃん、かまえすぎだよ。海斗は迷惑だって思わないって」
「というか、少々いやみだぞその発言。中間テスト勉強に必死な奴に聞かせられん」

 呆れた様子で半目になった茉奈は、口を閉めたごみ袋をぐいと乃梨子に押し付けた。反射的に受け取った乃梨子は、疑問符を浮かべて茉奈を見た。

「おまえさんに必要なのは、練習じゃなくて気分転換だ。落ち葉を捨てるついでに上品さも捨ててこい。でなければ、明日から仲間外れにするぞ」
「それはひどいよ、茉奈。でも、たしかにいまの乃梨子ちゃんは気分転換が必要かもね」

 いってらっしゃ~いと二人に送り出されて、乃梨子は歩き出した。

(あの二人、さりげなくいちばん面倒なごみ処理を押し付けてきた気がする)

 そんなことを思ったが、たしかに熱心に学びすぎている自覚はある。そろそろ空気抜きが必要なんだろう、と思い直して、おとなしくごみ袋を運んだ。すりすりとすり足で歩くこともやめて、大股でざくざく歩く。ごみ捨て場はちょっと離れた場所、裏山の近くにあるから、そこそこ重いごみを運ぶのはなかなかの力仕事だ。でもしかたない。

「あれ、中村?」

 ゴミ袋をちょっとだけ引きずるような形で運んでいると、海斗が声をかけてきた。今日は剣道部の部活があるのだろう。道着を着ている。なぜだか呆れた顔で乃梨子を見て、早足で駆け寄ってきた。ひょいとごみ袋を乃梨子から取り上げる。

「なにやってるんだよ。ごみ袋に穴が開くぞ」
「え、そうかな」
「ビニールとコンクリは相性が悪いんだ。ったく、こんな重いものを一人で運ぶなよ」
(それはあの二人に言ってください)

 もっともその言葉は口に出せないまま、先を歩き始めた海斗について行った。

「部活があるんじゃないの?」ときけば、「ごみをごみ捨て場に持って行くぐらいの余裕はある」とのこと。ようするに乃梨子の代わりに落ち葉が詰まったごみ袋を運んでくれるわけだ。

 やさしいなあ、と思いながら、乃梨子は海斗についていく。

 そうしてごみ捨て場に、海斗がゴミ袋が置いたときだ。

「おい、そこのおまえたち!」

 唐突に甲高い声が、響いた。

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