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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

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あなたのマリナーラ (10)

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(10)

しばらく硬直していたわたしは、うん、とひとつ頷いて踵を返そうとした。

 飲食業は体力仕事だ。だからたまにはお休みしたいときもあるのだろう。ならば帰宅するしかないと考えたのだけど、メグとリュシーはあわててそんなわたしを引き留めた。

「お待ちくださいませ。どうして閉店しているのか、調べたほうがいいと感じますわ」
「まったくじゃのう。あきらめが良すぎるぞ、我らが姉上は」
「でも、」

 妹二人の剣幕にびっくりしながら、わたしは、ぴ、と閉ざされた扉を指差した。そこには少しぼろぼろになった紙が張り付けてあり、こう書いてある。都合により、しばらく休業いたします。どういう都合なのか、さっぱりわからなかったけれど、きっぱりと書いてあるのだ。ならば帰るしかないと考えたのだけど、妹二人は頑なに首を横に振った。

「ですけど、これではいつまでお休みなのか、さっぱりわかりませんわ」
「そうじゃのう。あるいは無期限休業、という可能性もあるぞ」

 無期限休業。リュシーが軽やかに告げた言葉の重みに、わたしはよろめいた。

 それではラウロのマリナーラは永遠に食べられない。へなへなと座り込みそうになったけど、かろうじてこらえた。落ち込む暇があるなら、その分、活動すべきだ。ぺしぺし、と頬を叩いて、うん、と頷き返した。ほっとしたように、妹たちは表情をゆるめた。

 とはいえ、どうやって情報を集めたらいいものだろう。ぐりぐりとこめかみを抑えながら考えていると、建物を見上げていたメグが先に口を開く。

「わたくしはこの建物の大家さんに事情をうかがったらよいと閃きましたわ。店主さまもさすがに、大家さんに事情くらい、話していると思われますし」

 顎をつまんでいたリュシーは、小首をかしげてわたしを見た。

「わたしは自警団の情報通に、確認してみたらいいのではないかと考えた。この建物の大家に事情を聴いてもよいが、そもそも、大家がどこに住んでおるか、わからぬであろ?」

 わたしはそれぞれの提案の利点を認めた。

 同時に、わたしは、もっと手軽な情報源を思い出していた。ピッツァ専門店コンモツィオーネだ。そこに行けば、あのきざったらしい男に会える。一度しか会ったことのない男だけど、兄弟子らしくラウロを気にかけていたようだから、店の事情くらい、知っているのではないだろうか。
 ただ、問題がある。コンモツィオーネの場所がわからない。

 わたしたち三人は、うーん、とそろって頭を抱え、やがて顔を見合わせてうなずいた。

 とりあえず明日、自警団の情報通に大家の住処とコンモツィオーネの場所を訊ねよう、今日のところは、別の店で夕食を済ませることにしよう、と結論付けたのだ。だからくねくねと入り組んだ道を歩き出して、噴水のある公園に出た。ここであの愉快な老人と会ったんだよね、と気づいたわたしの鼻腔に、くん、と、特徴的な匂いが届いた。ぴたり、と足を止める。並んでいる食事屋の看板を眺めていた妹二人が、いぶかしげに振り返る。

「カールーシャ?」
「どうしたのじゃ、姉上?」
「ラウロ……」
「え?」
「ラウロの匂いがするっ」

 そうとだけ告げて、わたしは走り出した。くんくん、と鼻を動かした。まちがいない、香ばしく焼けるピッツァの匂い、ラウロが焼くマリナーラの匂いが公園から漂っている。

(でも、どうして公園から?)

 不思議にも感じつつ匂いを追いかけると、やがて屋台が並ぶ一角にたどり着いた。迷うことなくわたしの鼻は、ひとつの屋台を示す。オレンジ色の幕を張った屋台だ。じっと見つめていると、呼び込みをしていた清楚な少女がわたしに気付く。驚いたように目を見開いて、それでも、ぱっと花のように微笑んだ。屋台を振り返って、「ラウロ」と呼びかける。

 くるくると巻紙でピッツァを包んでいた少年は、少女の呼びかけに顔をあげて、わたしを見つけた。ああ、ラウロだ。ほっとしたわたしはにへら、と笑顔を浮かべて、歩き出そうとした。でもぴたりと足を止める。

 なぜならラウロがふい、と、視線を外したからだ。そむけた先に、客などいない。だから、ラウロはわたしから視線をそむけたのだ、と、気づいてしまえば、ものすごく大きな衝撃を受けた。よろ、とよろめくと、追いかけてきたらしい妹二人にぶつかる。ふう、とメグが息を吐いた。

「屋台の匂いでしたのね。……わたくし、カールーシャが変態への道に目覚めたのかとおののいてしまいましたわ」
「まったくじゃ。それならばどうしてくれようかと考えたぞ。矯正は面倒くさそうじゃし……うん? どうしたのじゃ姉上。ラウロどのを見つけたのであろ?」

 ひょい、とリュシーがわたしの顔を覗き込もうとしたから、あわててうつむいた。「姉上?」、さらに覗き込もうとする気配があったから、腕を上げて顔を隠す。じり、と足を動かして、ぱっと身をひるがえした。わたしの名前を呼びかける声が聞こえたけれど、どうした事情なのかわからないけれど、わたしはもうその場に留まっていたくなかったのだ。

 ラウロが、わたしから、視線をそむけた。

 どうしてだろう、なにが悪かったのだろう。一生懸命考えながら、必死に走り続ける。さまざまな匂いが空腹のわたしを誘ったけれど、いちばんおいしそうな匂いがする場所には行けない。どうしてだか、行けない。だってラウロがわたしを見ないのだから。

(きっと、嫌われたんだ。長く行けなかったから)

 そんな事実が悲しくて、わたしはがむしゃらに走り続けた。

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