宝箱集配人は忙しい。

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「ここまでだな」

 貴公子はそう言って、席から立ち上がる。

 え、と僕がそんな貴公子をふり仰ごうとしたところ、走り寄ってきた剣士が、僕を椅子ごと抱え込んで、後ずさる。そうして、できた隙間に、勇者が入り込み、貴公子に向けて、鞘に入れたままの剣を向けた。

「なんですか!」

 僕は自分を抱え込んでいる剣士に向けて、抗議の声を上げた。

 剣呑な雰囲気だ。

 この食堂にはまだ人がいたんだけど、この状況に厄介ごとの気配を感じ取ったのか、ジリジリと僕たちの席から遠ざかろうとしている。宿屋の娘さんが血相を変えてこちらに近寄ろうとしてたけど、厨房から出てきた主人に動きを封じられている。

「落ち着いてください、室長さん」

 無口な剣士に代わって、近づいてきた女神官が囁いてくる。

「僕は落ち着いています。なんでいきなり、」
「彼は、魔王です」
(え、)

 僕は思わず女神官を二度見した。彼女は緊張した顔つきで、とても冗談を言っているようには見えない。でも言われた言葉が言葉だ。貴公子が魔王だと言われて、信じられるはずがない。

 僕は貴公子を見た。でも勇者の背中が邪魔になって、貴公子が見えない。

「何が目的だ。なぜこの街にいる」

 勇者が言い、貴公子が笑みを含んだ声で応える。

「そう問われて、わたしが正直に答えると思うのか?」
「答えて欲しいから訊ねた。あのとき、俺に言った言葉の真意もな」
「わたしの真意とやらを訊いてどうする。勇者は魔王を倒す存在なのだろう? だったら、その使命のまま、わたしを攻撃すればいい。もっともこの場にいる者も巻き込まれるだろうが、それほど使命が大切なのだろう?」

 ぴくりと勇者の肩が震えた。

 僕を抱えていた剣士が、物思わしげに勇者を見つめる。両手を組んだ女神官も同様だ。

 ただ一人、宿屋の出口を塞いでいた魔法使いが、ゆっくりと歩み寄ってきて、貴公子に杖を突きつけた。

「さすがは、魔王だ。無辜の人々が戦闘に巻き込まれることをなんとも思わないか」
「これまで無辜の魔族を、戦闘に巻き込んできたおまえたちと同様にな」

 貴公子の言葉に、魔法使いは表情を引き締めた。

 いよいよ戦闘への緊張が高まるなか、僕は剣士の腕の中から動いて、自分の足で立ち上がった。

 思ったよりあっさりと剣士の拘束は外れたから、そのまま勇者の隣を通り過ぎて、貴公子の前に立った。僕の動きが意外だったのか、貴公子の表情がわずかに揺らぐ。

 僕はまっすぐに貴公子を見た。

「あなたが僕の記憶を奪った理由は、あなたの秘密を知ったからですか」

 貴公子の唇が、わずかに開く。

 だが、結局、なにも言わないまま、貴公子は唇を閉じた。

 そして自嘲するかのような微笑みを浮かべて、そのまま姿を消したんだ。

 ほんのわずかな一瞬の出来事だから、誰も動き出せなかった。

 転移の術式を使ったんだと遅れて気付いた僕も、動き出せなかった。

(ばかだなあ。あなたも、僕も)

 心の中でそうつぶやいて、僕はそのままその場に立ち尽くしていたんだ。

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