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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

イエー!

「あたしと付き合ってくださいっ!」
「断る」

すらりとした長身が前を歩いていた。先輩だ! 気づくと同時にダッシュをかけていた。

先輩は気配に敏い。声をかけるより先に振り返った。深いチョコレート色の瞳にあたしが映った次の瞬間、いつものように大声で交際を申し込む。直ちに返ってきた返答は拒絶。がっくりとあたしは肩を落とした。でもまわりは、わっと盛り上がった。負けたー、だの、まだまだかー、というにぎやかな声が交差する。

あたしの告白はすっかり名物となっているのだ。いつ、あたしが先輩を諦めるか、あるいは、諦めた先輩が告白を受け入れるか、と賭けている生徒がいるらしい。先輩に告白している人は他にもいるのだけど、賭けの対象になっているのはあたしだけだ。

あたしってば応援されてる!? と喜んだら、小学校から一緒の友人が、どこまで前向きなのよ、と頭を抱えた。前向きって歓迎される性質のはずなんだけど、友人はひどく疲れてたっけ。まあ、記憶を探るのは後回しにして、いまは目の前にいる先輩だ。どういうわけか、すぐに立ち去る先輩がじっとあたしを見つめている。

(これはもしかして!?)

たった今、受け止めた拒絶なんてすっかり忘れたあたしは、きらーん☆ と瞳を輝かせながら、すすす、と先輩に近づいていった。ほんの少し、いやそうな表情を浮かべて辺りを見回していた先輩は、溜息混じりにあたしを見おろし、こつん、とこぶしをぶつけてきた。

でも、痛くないの。驚いて目を丸くすると、「今日の放課後、空いているか?」と訊かれた。ぎらり。先輩を見あげる瞳が鋭気に満ちて、鼻息が荒くなったと自覚しながら、勢い込んで訊ねた。

「放課後デートのお誘いデスカッ!?」
「ちがう。今日、生徒会メンバーで学園祭について打ち合わせをするから、」
「他のメンバーを闇討ちにして二人きりを企んでもいいデスカッ!?」
「やっぱり聞かなかったことにしてくれ」

云い捨てて、先輩はくるりっ、と向きを変えて速足で歩き去ろうとする。「やだもう、つれないんだから♡」と聞こえるようにつぶやけば、いらっとした表情で振り向く。

あ、やばい。やり過ぎた。

先輩の機嫌を見極めたあたしは、まじめな表情を浮かべ直して、ぴっと敬礼して見せた。

「大丈夫です。今日の放課後までに、他の一年生メンバーに知らせておきます。ついでに各クラスの希望案を集めましょうか」
「……助かるが、そんなことをしていたら、おまえの自由時間が無くなるだろう」

容姿端麗、頭脳明晰、文武両道と三拍子そろった先輩は、無口無愛想だと評判だけど、こういうときには表情豊かな人だなあと感じる。

だってほら、苛立ちを半端な形でおさめたあと、思いがけない提案されたと驚いて、あたしを気遣う。

さまざまな表情が、たったいまの一瞬だけで、くるくると浮かび変わるんだから。表情の変化を見届けられたことがうれしくて、にまっと心の底から笑顔を浮かべながら、「イエイエ」と先輩の危惧を否定しておいた。

こんなこともあろうかと予習復習宿題は家で済ませている。昼休みやちび休憩のときに、ちゃっちゃと動けばいいのだ。にまにまと笑っていると、先輩は、ふっと苦笑してくれた。きゅん、と心臓が鼓動を打つ。なんて素敵な笑顔なんだろう。ほんの一歳しかしか離れていないのに、すごく大人びて柔らかさに満ちた――――、

「じゃあ、頼む。そのうち、埋め合わせはするから」
(――――、)

軽く手を上げて、先輩は歩き去った。あたしは先輩の笑顔にうっとりしたまま立ちつくしてたけど、やがてはっと自分を取り戻した。正確には、職員室から担任の先生が出てきて、「どうしてここで立ってるんだ、遅刻にするぞ?」と話しかけてきたから我に返ったのだけど。ともかくぱたぱたと走り出しながら、いま、与えられたばかりの先輩の笑顔と言葉を反芻した。

(じゃあ、頼む。そのうち、埋め合わせはするから)
(じゃあ、――。そのうち、埋め合わせはするから)
(――。そのうち)(埋め合わせするから)

「埋め合わせするからっ!?」

ぴたっ、と立ち止って大声で叫ぶと、背後から歩いていた担任が出席簿でがすんと頭を叩いた。痛い。でも気にならない。だってそれどころじゃない。“埋め合わせするから”、繰り返し繰り返し、遅れて認識した先輩の言葉が頭の中で響いている。いや、響かなくても響かせてみせる。ぐぐぐ、とこぶしを握り締めて、あたしは天へ突きだした。

「いやったーっ!!」

苦節七十二日目にして、あたしはようやく先輩から好意的な提案を受け取ったのである。これに浮かれないでいられようか。いや、いられない(反語表現)。

019:イエー!!!▼
(学園もの わんこ後輩とそっけない先輩)

前回のお話の反動で、とんでもなく前向きな人物が出てきました。最初は男の子で書こうとしたのですけど、しつこい男の子は以前にも書いたなあと思い出したので、急遽、女の子になっていただきました。ささいなことで喜び浮かれるわんこ女子。

2012/06/20

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