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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

ジャンプ!

我々はなぜ、空を飛ぶのだろう――――。

強い風が吹き抜ける絶壁で、俺はアンニュイにつぶやいてみた。

はるか上空、さわやかに澄み切った青空では 仲間たちが自由に飛び回っている。ぎゃうぎゃう、と騒いでいる声がここまで届いてくるんだ。ああ、楽しそうだなあ。はるか遠くまで見通せる眼力で見守っていると、高度を下げて俺に近づいてきた仲間がいる。比較的親しく付き合っている、やや小柄な純金色のドラゴンだ。つぶらに澄んだブルーアイズをまっすぐに俺に向け、

「きゃう?(飛ばないの?)」

と、可愛らしく訊ねてきた。はは、と俺は虚ろに笑い返した。

(飛べるわけ、ないだろーが!)

声を大にして主張したいが、出来るはずもない。

なぜなら俺も、青銀色のドラゴンだからである。背中には立派な翼があり、仲間たちのように動かすことが出来さえすれば飛べるはずなのだ。そう、動かすことさえできれば。

純金色のドラゴン、仮に親友と呼びかけることにしよう、彼はばっさばっさと翼をはためかせている。まるで、こうだよ、こうやって翼を動かしさえすればいいんだよ、と云っているかのようだ。親友の好意は充分に伝わっているし、いかにも簡単そうな動作を、してみたいという欲求もある。だがそれでも、強くためらいを覚えてしまうのが、俺、という存在なのである。

ここで俺の事情を話しておこう。

俺は間違いなくドラゴンである。それも血統正しき、エンシェントドラゴンの血を引いている。けれど俺の自意識はドラゴンとしての事実に寄り添っていない。なぜなら俺は、こことは異なる世界から転生してきた、元人間だからだ。立派な角も、雄大な翼も持ち合わせていない、ひ弱極まりない人間としての意識が俺の自意識を強く占めているのである。

だから、空を飛べない。

つまりどういうことかというと、人間としての意識が強く出過ぎているのだ。背中にある異物、すなわち翼には筋肉と神経が通っている。だから動かすこともできるはずなんだが、人間としての意識が強いおれには、『翼を動かす』という感覚がわからないのだ。いままでのドラゴン人生で、それなりに翼を反応させたことはある。だがそれは、例えるならぴくっと鼻穴を広げてしまうような感覚で、決して意識して動かしたわけではないのだ。

ゆえに、俺は翼を動かして風の流れに乗る、という行為ができない。

空を、飛べない。

(転生者ってのは、チートだってきまってるだろうがああああっ)

いままで、何度叫んだことだろう。暇つぶしにネット小説、転生して異世界で活躍する、という設定の話を、前世の俺は何回も読んだ。

だから最初は喜んださ。これで俺も、勝ち組人生の始まりだってな。

だが現実はこうだ。そもそもこの世界に人間がいるのかどうかもわからない。なので、現代日本で蓄積してきたあらゆる知識は役立たないのである。むしろ、文明人としての自意識があるからこそ、ドラゴン社会では脱落者だ、負け組だ。火を吐くこともできないし、生肉を食べることもできない。もちろん、ちまちまと動く小動物を仕留めることもできないのだ。ああ、エンシェントドラゴンとしての血筋が泣いている。

ーーーーちなみに、産みの母親は泣くよりも先に俺を断崖から突き落とした。危機に面して本能が目覚めることを期待したのである。さすがドラゴン、パネエわあ。

「ぎゃあう、ぎゃあ、(どうしたの、どうしたの?)」
「ぎゃっぎゃ(んー、あのね、あのね)」

ああ、忘れてた。飛行はドラゴン社会においては成人式のようなものだから、あの、母親もどこかで俺を眺めているんだっけ。

おそろしき母親を思い出して、ぶるっと寒気に震える。苛烈な母上さまは、きっといらいらと俺を見ているのだろう。ぎろりと金色の瞳で睨んでくる様子を思い出したら、しぶしぶでも動かさないといけない気がしてきた。ああ、でも翼ってどこ。どの神経を動かせばいいんだろう、わからねえよお母さまァ、って、――――ってえええっ。

「おまえら、なにやってんの――――っ!!」
「ぐるるううるあああっ(お手伝いっ♪)」

いつのまにか、数を増やした仲間たちが俺の背後に回り、ずりずりどんどん、と後ろ足で俺を蹴り落そうとしていたのだ。

ちょ、待て。ここ、断崖絶壁だから。母上さまがかつて突き落としたところよりずっとずっと切り立ったところにある絶壁なんだから、落ちたら死ぬ。マジで死ぬ。岩に叩きつけられ血の花が咲いて、食欲盛んな鳥どもにつつかれてやつらの胃袋に収まる羽目になるっ。

そうしたら怒り狂った母上さまが鳥どもの虐殺に走るだろう。存在感がほとんどない父上さまは止めようとして半殺しにされるだろう。気弱な婿養子はドラゴンでもつらいのよ、って、あああ、だから押すな。容赦なく蹴るな、落とそうとするなっ。さすがに、さすがにそれは。この世界の食物連鎖、最上位にいる生き物として、それだけは――――っ。

ずりっ。

俺の身体が前に傾いだ。足場が急に心もとなくなる。う、とせき止められたように息が喉の奥で留まる。

ああ、落ちる。俺が踏みとどまろうとしているのに、ずりずりどんどんと背後で突き落とそうするやつ等がいるから。お節介なやつらがいるからあああッ。泣きたい気持ちは、しかし、口元の空気が流れていったとき、風となって俺を取り巻いたとき、急激に覚悟となった。ええい、やってやらあっ。翼を羽ばたく方法はやっぱりさっぱりわからんが、この鍛え抜いた後ろ足でっ。

俺は岩肌を蹴りつけるように大きく飛び跳ね、そして――――。

020:ジャンプ!▼
(ファンタジー 転生者なドラゴン)

ネット小説で流行している転生ものです。好きだから読んでいるのですけど、読むたびに『同種族でよかったねー』と感じます。五十歩譲って、異性になる辺りまではまだ、耐えられるかもしれない(いや、わたしは無理)、でも種族が違ったら困るどころの話じゃないわあ。ドラゴンならまだしも、虫だったらどうしたら(そういう設定のお話があってびっくりしたけどね)! そういえば昔、鳥に生まれ変わった元人間(つまり鳥)が、人間たちに虐殺されたことを恨んで『人間ってサイテーよっ』と主張するために祟る、という漫画を読んだことあるなあ。人間という自意識がある存在が、『人間って最低の生き物よ』と主張していたところに首をかしげた記憶があります。あと、家畜にも転生したくない。本来の意味で「美味しそうね」と云われたらっ!

2012/06/22

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