手紙

――親愛なる、ミカド兄さま

皇帝となった乳兄妹からの手紙は、いつもそんな書き出しから始まっている。例外はただ一つ、ミカドを皇宮に呼び戻す時の命令書の時だけだ。あれ以前にも、あれ以降にも、届いた手紙はいつもそんな書き出しから始まっている。他では見せない笑みを浮かべながら、ミカドはさらに読み進めた。女らしい流暢な文字で書かれた内容は、下された苛烈な命令が嘘のように、やわらかな心遣いにあふれたものだ。

だからこそ、ミカドには現状が切なくてたまらない。

ミカドの左腕には、血のにじむ包帯がある。今朝に負ったばかりの傷だ。相手が妊婦だからと油断していた。ミカドの作戦によって夫を失った奥方だったらしい。心の内にためらいはあれど、一刀の元に切り捨てた。

なにも妊婦を、という非難の声も上がっていた。だが、生まれた子供は帝国への呪詛を云いきかされた子供になるだろうという論理で、帝国兵を納得させた。納得できることにぞっとするものを覚えた。

気のせいだろうか。指揮する帝国兵までもが、血に酔うような一面をさらしつつあるような気がするのは。少し、手加減する必要があるかもしれない、そんなことを考えた。だが届いたアルテミシアの手紙に、冷水をかけられたような心地になる。

――優しい兄さまには、さぞお辛い侵攻かと存じます。もし辛ければ、将軍職を解き、追放するのでおっしゃってください。

(莫迦だな、アルテミシア)

聡明な娘は、この言葉こそがミカドを戦地に追い込むことを自覚していただろう。
それでも書かずには居られなかったのか。

それならば、ミカドにも告げたい言葉がある。
帝国皇帝などという地位は投げ捨て、議会の奴らに責任を押し付けろと。

ガイアとセレネをつなぐ橋を破壊したのは、先の皇帝と承認した議会だ。皇帝は亡くなったが、議会のメンバーは生きている。そいつらに責任を負わせ、アルテミシアは世界中からの批難から逃れればよい。なにもか弱い女性の身で、矢面に立つことはない。

ミカドはそう語りかけたい。だが、おそらくアルテミシアは、そんなミカドの気持ちを悟っているのだろう。

それでも、帝国皇帝として憎まれることを選んだのだ。
ならばミカドも、その命令に従う。なにを失ってもいい。

ただ、幼い時よりかわいがっていた妹のような存在を独りぼっちにしたくないのだ。

たとえ相手が、自分とは比べ物にならないほど高い身分であっても、やはりアルテミシアは大切な乳兄妹なのだから。

もうひとつ、皇都から手紙を取り上げた。珍しいことに父直筆の手紙である。
その意味を理解しつつ、もう一度、中身を読んだ。

――戻って来い、ミカド。アルテミシアさまにはわしから申し上げる。

温かな言葉だった。短い文章に秘められた言葉は、明白だった。
将軍職を解かせ、侯爵家の後継として立場を明らかにさせる。母を後妻に迎えることは出来なかった人とはいえ、やはり母が愛しただけの人なのだ、と思わせる器量の大きさだった。

だが親不孝と自覚している。ミカド自身が、もはやその呼びかけにはうなずけない。
勘当されても仕方ない、そう覚悟も決めている。だが結局、それは成されないだろうとわかってもいる。

父も兄もミカドに甘い。
それでも。

(ならばなぜ、ガイアとセレネをつなぐ橋の破壊などを容認されたのですか、父上)

議員の1人でもある父に問いかけたい、氷解しない糾弾がある。それだけ先の皇帝の命令は絶対だったのだろうか。それでも皇帝の専横を許さないのが議会の役目であるのに、とミカドは思わずにいられない。だから、と冷ややかに思う一面もある。

あなたの息子は、あなたの決断によって、憎しみを負うことを選んだのですよ、と。

「……選ばないよ、アルテミシア」

優しい乳兄妹に、じかに語りかけるようにミカドはその言葉を口に出した。

親不孝だと感じる想いを捨てきれない自分を知っている。破滅への道を突き進む娘を見捨てられない自分を知っている。そして何より、目的のために妊婦をも切り捨てられる自分を知ってしまった。

だからミカドは、どれほどの言葉をぶつけられても、自らが選んだ道として、破滅の道を突き進む。
もう、――心定めてしまったのだ。
 

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