エルフ

ここまであからさまな罪人扱いは初めてのような気がする、とアルセイドは内心呟いていたが、いや? と思い直した。他でもない帝国で囚人となっていたのだった。

いずれにせよ、この現状はアルセイドに焦りをもたらすものではない。それより珍しい木製の牢に興味を抱いた。木製というより、巨木をくりぬいて作られた牢だ。時折、エルフが通り過ぎてアルセイドたちを見て行くから見世物になった気分だ。ところが同行していたアイルにとっては耐えがたいようで、先程まで定番の罵り文句を口に出していた。いわく、ここから出せ、俺たちがなにをした。

その理屈は、おそらく通じないと分かっていたアルセイドは沈黙していた。

エルフは森に住んでいた種族だと云う。魔女の話によると、ルナに来て以来地下に潜ったという話だったが、魔法が掛けられて森ができた。だからこそ、この暮らしぶりなのかもしれない。その彼らにとって、森を傷つけることは大きな罪となるのだろう。おまけにここは隠された街だ。その街への道しるべとして枝を折っていったことはやはり重大な罪になるのではないか。

そのあたりを推察していたのだが、アイルから八つ当たりの罵声が来るのではないかと思っていた。が、さすがである。それだけはなかった。ようやく静かになった牢内で、アルセイドは口を開く。

「落ち着いたか」
「おまえは落ち着き過ぎだと思うぞ」
「色々あったからな」
「こんな状況に慣れるほど、色々あってほしくねえなあ」

帝国に捕らえられたこともあったし、と云ってやっても良かったが、意味のない挑発である。だから縄に縛られた状態のまま、牢内であぐらをかいて外を眺めていた。時折エルフと視線が合い、慌ててそらされる。慌てているだけで、忌々しさはない。

人間への嫌悪は少ないのか、と思うと少しだけ安心できた。好奇心を隠しきれない幼いエルフもいるが、そういうエルフはすぐに母親らしき存在に連れ去られる。まあ、当然だろう。今度はアイルが口を開く。

「ところでさっきからなにを考えているんだ?」
「気づいたか、やっぱり」
「莫迦にするな。おまえが気にしていることはなんだ」
「……50年前」

ためらい、口にした数値にアイルはいぶかしげだ。やはり聞き洩らしていたらしい。捕らえられる際、エルフが告げた言葉だと云うと、不思議そうに云われた。

「50年前に人が訪れたからといってそれがなんだと云うんだ?」
「おかしいと思わないか? エルフは一般に知られていない存在だ。森に入り込んだからといって、エルフの街にまで訪れることが可能とは限らないだろう。それなのに俺たちのことを、50年ぶりの、それも来客と云った。侵入者じゃない」
「来客と云っていたのに、この扱いか?」
「それはどうでもいいだろう」
「よくねえよ」

何やら不満そうにぼやき始めたので、相手にならない、とアルセイドはさっさと見切りをつけて考え込んだ。
50年前。まだアルセイドは生まれておらず、帝国もまた、侵攻を始めていなかった頃の時代だ。
いったいなにがあったと云うのか。

「ほう。これが今代の長針か」

興味深げな声がその時に響いた。

若々しい声に顔を上げると、ひときわ立派な服を着たエルフが牢の前で立っている。エルフの代表者か、と直感したアルセイドは、縄にくくられたまま丁寧に頭を下げた。くく、と笑い声が響く。

「礼儀正しいな。あの若者だけ、牢から出してやれ」
「はっ」
「おいっ」

アイルが抗議の声を上げるが、代表者はちらりと視線を据えて云ってのける。

「先程から様子を見ておったが、おぬしはうるさい。いちいち怒鳴られてはこちらの身が持たぬ。そこで大人しくしておれ」
「出してくれんだろうな」
「さてそれは、今代の長針次第と云ったところだな」

そんな会話が続けられている間にも、牢が開かれアルセイドは引き出され、縄をほどかれる。アルセイドを前にした代表者は、過去を懐かしむかのように目を細めた。いぶかしく思って眉を上げる。そんな眼差しで見つめられる心当たりはなかった。

「懐かしい。我が姉上をかっさらった管理者によく似ている」
「なに……?」
「50年前の話だ」

はっと息をのむと、代表者は身を翻した。ついてくるがよい、と側近らしきエルフが云う。
おい、必ず出してくれるように云ってくれよ、とアイルの声が届いた。先に頷いてやり、歩きながらアルセイドは言葉をかける。

「50年前、なにがあった。管理者とは、帝国皇帝のことか?」

ふう、とため息をついて、代表者は振り返った。

「我が名はフィリニア・イストール。50年前、姉・フィリシアを帝国皇帝にかっさらわれたエルフの代表者だ」

もっとも姉上は、自分の意思で帝国皇帝についていったのだがな。
複雑な声音でフィリニアは続けた。

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