嘆きの歌

    ミカド元将軍の供として皇都に入る。
    今回は戦勝報告ではなく、ミカド・ヒロユキの実家に向かうという。

    エミールは将軍の従者ではあったが、なんというか、ミカド・ヒロユキの強烈な兄たちによって、皇都に向かうこととなった。しばらくは戦地に出ることなく、皇都での軍務処理に携わるように、とのことらしい。

    しばらく両親の元にとどまれる。その事実を嬉しく感じたエミールは、まず幼馴染のカイエの元に向かった。以前、『いちばんにあたしのところに向かうこと』と云われたことを忘れてはいない。

    だがひさしぶりに足を踏み入れた皇都は、どこか閑散としていた。それに、建物を修復しているところが多い。いぶかしく思いながら歩いていると、花屋の姿が見えた。店頭で花を整えている娘がいる。カイエだ。

    「カイエ」

    何気なく顔をあげた少女は、そこに立つエミールを見て、信じられないと云ったように眼を見開いた。アレ、と思っていると、くしゃくしゃになった顔のままエミールの腕の中に飛び込んでくる。背中に腕をまわして、しっかりとはなすまいと云った様子だ。エミールは戸惑い、周りを見回した。だが通行人がエミールを助けてくれるはずもない。困惑していると、カイエの泣き声が耳を打った。

    泣いている。あのカイエが。

    宙に浮かせたままの手をそっと細い肩に乗せる。かと思えば、きっと涙にぬれた顔をあげてきた。

    「どうして」
    「え?」
    「どうして手紙の一本もよこさないのよ!!」

    間近で聞くには、うわん、と響く大きな声だった。だがエミールは踏みとどまり、「届けたよ?」と首をかしげた。困惑は今度はカイエの番だ。エミールの胸から身体を起こし、わずかに距離を置く。

    いかにも疑わしげな眼差しに「本当だって」と繰り返す。繰り返しながら、エミールもこわばっていく顔が止められなかった。確かに送っていた手紙、それが皇都に届いていない。それはどんな事実を示しているのか。軍務の中に手紙を盗み見るものがいるということか、あるいは、システム自体に欠陥があるということか――。

    「まあ、いいわ。無事に戻ってきたんなら許してあげる」
    「ねえ、ところでカイエ。ずいぶん静かだけど何かあったのかい?」
    「ああ……」

    複雑な声を漏らして、カイエは辺りを見回す。そして背伸びするように、エミールの耳元で囁きかけた。

    「レジスタンスよ」
    「レジスタンス!?」
    「莫迦、大きな声を出さないで」

    慌ててエミールの口をふさぎ、再びカイエは辺りを見回す。誰も足を止めていないことを知ると、ほっと安堵したように息を吐く。ところがその単語を聞いてしまったエミールは穏やかではいられない。身体をかがめて、カイエを問いただす。

    「レジスタンスってなに。そんなものが皇都で出没するようになったのかい」
    「そうよ。皇位簒奪者たるアルテミシアよ、正当なる継承者に皇帝位を譲れ、とかなんとか。上の皇子様皇女様は前の皇帝陛下に逆らって継承権を剥奪されたんでしょう? それなのに皇位簒奪者って云いがかりをつけるレジスタンスが増えているの」
    「そんな……」

    そういえば数日前、侵攻先の街で見かけたチラシを思い出す。追放された第一皇子第二皇子の名が連名で入っていた。それが本物だとはエミールは信じなかったが、ミカド将軍は何事かを考えてらした。あれはこのことを予測していたのかもしれない。

    「ねえ、エミール」
    「ん?」
    「やめちゃってよ、軍なんか。昔みたいに、おじさんおばさんのお店を手伝ってあげて」
    「カイエ」
    「あたし、知ってる。ミカド将軍に従って、激戦区に行った息子のことをおじさんたちはすごく心配しているの。だから」
    「できないよ」

    さえぎるように、エミールは言葉をぶつけていた。
    出来ない。あのミカド・ヒロユキを独りにしておけない。

    とはいえ、今回皇都に戻るミカドはずいぶん以前の様子を取り戻していた。
    けれどまだ、安心できないのだ。

    「……そう云うと、思っていたわよ」

    そう云うなりカイエは蹴りを繰り出してきた。思い切りすねにぶつけられて、エミールはしゃがみこんだ。
    カイエは走り出す。走り出しながら、舌を出して大きな声で云った。

    「エミールの莫迦莫迦莫迦! 後で後悔しても知らないんだから!!」
    「カ、カイエ!」

    少女の姿はあっという間に花屋に入ってしまう。しゃがみこんでいたエミールは、ふう、とため息をついて立ち上がった。くるりと街中を見回す。それでも静かな皇都に、痛ましい想いが胸によぎった。

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