審判の日

    「アルセイド!」

    部屋に入るなり、わっという歓声が2人を包んだ。会議中なのだから後で入室する、という主張を押し切られたのだが思いがけない事態である。ここには各地のレジスタンスが集まっていると云ってもいい。どこかで見かけたような顔もあるし、全く知らない顔もある。それでも皆がにこにこと微笑んでいることが印象的だった。戸惑っているのだろう、魔女も隣からアルセイドの服を掴む。

    「久しぶりだネエ、お見限りだこと」
    「元気そうで何よりだ」

    故郷の隣街のギルドマスターと隊長だった。副官もいる。霧の発生装置すら備えていた街なのにレジスタンスが必要な状況になったのかと思うと、アルセイドは身が引き締まる思いだった。魔女を見下ろせば、表情が和らいでいる。見慣れた顔に安心をおぼえたのか。

    「無事に魔女どのを見つけられたのですね」
    「見ない顔もあるが、結構、結構!」

    この街のレジスタンスの長であるカイナと補佐役のシュナール老もあたたかく迎えてくれる。シーナのことは後で告げようと思いつつ、次から次へと各地のレジスタンスの紹介をされた。ほとんどセレネ全世界と云っても良いほど網羅している。それほどの地域からどうやって人を集めたのかと問えば、ギルドマスターがこともなげに告げた。

    「竜族の皆が手伝ってくれたのサ」
    「ええ、それもあってガイア回復の知らせはもはや知らない者はいないでしょう。なにせ伝説の竜族直々に協力いただいたのですから」
    「あやつら、元気にしておったか?」

    さすがに竜族の話題が出ると、魔女も黙っていられないらしい。身を乗り出して訊ねると、ギルドマスターがピンとその額をはじいた。カイナが笑いながら、それでも軽く怒っているらしいギルドマスターをとりなす。

    額を抑えて、目を瞬かせている魔女を放っておいて、アルセイドはシュナール老に向き合った。向こうも話すことがあるようで、少しだけ真面目な眼差しだった。

    「それで、アルセイド。さらに新たに紹介せねばならない人物がおってな」
    「ご紹介はよろしいですよ、シュナール老。我らは自分で名乗ります」

    見るも優雅なたたずまいの男が、ゆったりと立ち上がり、アルセイドに近寄った。その隣に座っていた赤い髪の女もだ。はっと魔女が息を呑む。その男女を見て、アルセイドはどこかで見た気がした。魔女がずい、と足を踏み出した。

    「おまえたち、皇族の一族だな?」
    「……さすが魔女どのは察しが早い。その通り、先の皇帝によって追放された皇族の者にございます」

    わたしが第一皇子ロクシアス、この子が第一皇女ミネルヴァ、と続けられた紹介に、アルセイドもようやく既視感を覚えた理由がわかった気がした。帝国皇帝アルテミシアによく似ているのだ。自然、身構えるものがあるが、出来るだけ表に出さないように心がけた。

    この場にいるものは仲間である。出自がどうであれ、審議を通過してこの場にいるであろう2人に、あからさまな警戒をあらわにしてはならない。そう思っていると、魔女があっさりと本人たちの面前で疑問を口にした。

    「この場にいる意味をわかっているか? わたしたちはおまえたちの妹と敵対する立場にあるんだぞ」
    「わかっておりますとも。そして、あの子を止めるには皆さんのお力をお借りするしかないということも」

    その言葉に、ピクリとアルセイドは反感を抱いた。あの子、――帝国皇帝アルテミシアだろう。
    彼女を止めるにはレジスタンスの力を借りるしかないと云ったが、そんなことはないはずである。名前と身分を明らかにし、帝国の役所に足を踏み入れれば、何らかの手段がまた見つけることが出来たはずである。

    ましてや、アルテミシアはあのように、覚悟を以って、暴走している。皇族の存在の重みはますます重くなると思われるのだが、それをせずにレジスタンスを頼ったことが疑心を招くのだ。

    そしてここに至って、アルセイドは初めて疑問を抱いた。帝国皇帝アルテミシアは、このルナが直に死の世界に染まることを知っている。だが他の貴族はどうなのだろう。そして帝国領民たるものたちは。ふと閃いて、シュナール老を見れば、重々しく頷かれる。

    「さよう。お2人には、帝国領民や貴族への呼びかけをしていただいている」
    「なに!」

    声をあげたのは魔女だった。
    無理もない、いまの状況でそれを行えば、帝国皇帝アルテミシアへの反意が高まるばかりだ。

    あれだけの覚悟があるのなら、とアルセイドは考えてしまうが、彼女に手を差し伸べた魔女としては気がかりなのだろう。顔色を変えた魔女を第一皇女がちらりと見つめる。不思議そうな色合いがあった。だが第一皇子がその前に口を開いた。

    「我が妹を案じてくださるのですか。ガイアの魔女はお優しいのですね」
    「……案じているわけではない。それに、なにもせずにあの娘を放置したのだから優しくはないぞ」
    「だが、お人好しではあるな」

    開いたままの扉から、精悍な男の声が響いた。アルセイドはピクリと背中を緊張させる。この声、聞いたことがある。魔女がゆっくりと振り返った。その視線の先に、きわめてシンプルな旅装束をまとった男が現れる。驚いたようにカイナが声をあげた。

    「吟遊詩人、タルバドール! どうなされたのですか、その格好は」

    ふ、と、長髪を後ろでくくった男は、軽く笑った。魔女がそんな男に険呑な眼差しを送る。
    2人を交互に見やって、アルセイドは不思議に口をはさめない空気を感じていた。それでもこの場に現れたということは彼も同志なのだろう。態度まで違う、と戸惑ったようにカイナが呟き、へえ、とギルドマスターが興味深げに男を見つめた。シュナール老は静かに見守っている。

    「良い知らせと悪い知らせを持ってきたぜ。どっちから聞きたい?」
    「ふん。両方まとめていえばよかろう」
    「ま、そらそうだ」

    軽快な口調で応え、そして男はその言葉を告げたのだ。

    「帝国皇帝アルテミシアが議会貴族によって監禁された。そして、セレネの魔法消滅が急速に進んでいる」

    途端にその場がざわめき始める。
    その言葉の威力を感じながら、そっとアルセイドは第一皇子ロクシアスをうかがい見た。

    彼は瞑目していた。
    ――けれどその唇の両端が持ち上がっているような気がして、アルセイドは目を細めた。

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