酔い

ふわりとした重みを左腕に受けて、僕は思いきり硬直した。
隣に座っていた人も、なにがもたれかかってきたのかもわかっている。だからこそそれまで話していた口を止めてまじまじとその人を見つめた。

(せ、せんぱい……っ?)

落ちつけ僕、ここはどこだ。大学近くの居酒屋だ。なにをしているところだ、クラブの打ち上げ会だ。今日はイベントがうまくいって先輩たちはもちろん僕たちだってご機嫌で、さらにご飯がうまくてなかなか酒が進まないなあと考えていたところだ。そう、そう、これで今日の夕ご飯は作らなくても済むと喜んだんだっけ。おまえ、自炊してんのかよ彼女作って料理してもらえよーと同期生が云うとこの人が、むしろ私だって作ってもらいたいのにー、と口をはさんできたんだっけ。ああそういえば、料理下手だとぼやいていたもんなあ。でもそういうところも可愛い、って。

(だからいま、そういうことを考えている場合じゃなくて!)

ようやく頭を動かして、栗色の長い髪を見下ろす。ふわりと漂う香りに、わずかな酒の匂いが混じっていた。うん? と思い至って、テーブルの前を眺めると、空になったグラスが並んでいる。いくつも、五つくらいか。ああ、いまごった返しているもんなあ。お店の人もなかなか回収できないんだろうなあ。隅っこにまとめておいた方がいいかな。って。

(だからそういうことでもなくて!)

そう、酔っているこの人をどうするか、が問題だ。

「あらあら、寝ちゃったのねーこの子」

そういう言葉が割り込んできて、ようやく僕はここがクラブの打ち上げ会だと云うことを思い出した。ふとまわりを見渡せば、ちらちらとこちらを眺めている人もいる。うわ、忘れてた!

「せんぱい、どうしましょうこのひと」
「うーん、こうなったら梃子でも起きないから寝かせておいてあげたいけど、邪魔よねえ」

あ、いえ邪魔ということはないです。
思わずそう云いそうになったけど、僕は寸前で口をつぐんで曖昧に笑った。云えるかそんな男子本音。僕にもたれかかっている人は、ぺちぺちと頬を叩かれている。ピクリと眉は動いたようだが、意識は戻らない。呆れたように先輩はこの人を眺めて、やがて、ふう、とため息をついて、先輩は僕を見た。

「しかたない、タクシーで送っておこう。ごめん、タクシーまで連れて行ってくれる?」
「え、でも」

まさか先輩はこのひとをタクシーに放り込んでそのままにしておくつもりだろうか。
それは駄目だろう、つか、迷惑だろう。タクシーの運転手さんだって迷惑に違いない。
僕は時計を見た。……もう一時間はここにいる。よし。

「じゃあ、僕も帰りますよ。ついでに送ります」
「ええ? 良いわよ悪いもの、そんなの」
「いえ、こんな先輩をタクシーに任せるだけのほうが悪い気がするので、……会費、払いますね」

先輩はためらっていたようだが、ふっともたれかかっている人を見て、ためらいを捨てたようだった。僕から会費を受け取り(この人の分は先輩が持つようだ)、タクシーにこの人の住所を告げる。あ、意外に近い。ともあれ僕はこのまま、酒に酔ってしまった人を送り届けることになるのだった。結局、自宅に帰れないことになることなどこのときは予想もしないで。

その頃の外野。

「おい、ついにあいつ勝負に出たぞ」
「酔ったように見せかけて、ですか。あれ、ふりですよねふり」
「そうよぉ、確かにあの子は眠るタイプだけど、酒豪だもん。たかが五杯のチューハイでああはなりません」
「おい、賭けるやつはいるか?」
「やですよ。賭けにならないじゃないですか」
「じれったかったものねえ。ま、終わりよければすべてよしよ」

011:酔い▼
(現代もの クラブの先輩と後輩)

肉食女子な先輩と草食男子な後輩、とも書きます。でもいまは、草食男子とかあまり云いませんね。なんていうのかしら。それにしても言葉の変化は本当に早いなあと思います。ちなみにこの組み合わせ、モデルがいます。大学時代の知人たち。面白かったなあ、あの二人。

2011/07/22

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