認められる条件として資格は有効でした。 (3)

     とん、とホカホカと湯気が立つ料理皿が置かれた。キーラは目を見開いた。船の食事とは思えないほど、豪勢な料理である。とんとんとん、と次々と料理皿を並べて、その男は笑った。四角い顔にあごひげを生やした厳つい容貌の男だが、アップリケの付いたエプロンを身に着けている。微妙なセンスだ。おかげで視線の向き先に困る。

    「今日はキーラちゃん歓迎のごちそうさ! たっぷり食べてくんな」

     ありがとうございます、と、心の底からお礼を云いながら、ぐるりと料理皿を見た。初めて見る料理も並んでいる。ちょっと戸惑っていると、アレクセイが説明を入れてくれた。

    「こちらはイヴァシー・パド・マリナーダムです。小魚を炒め揚げ、酢で煮たものですよ」
    「それはロビオ。豆をやわらかくゆでたものに、香味を混ぜた木の実を和えています」
    「ああ、ジャルコーエはおいしいですよ。夏野菜を切って、鍋で蒸し焼きにしたものです」

     と、このようにまめまめしく教えてくれるものだから、キーラはなんだか申し訳なく思えてきた。相手は意に染まぬ依頼に引き込んだ元凶(まだ根に持っている)だが、忘れかかってもいたが、一国の王子さまなのだ。一介の小娘に対して、このように気を遣わねばならぬ義理はない。口の中の食べ物をひとまず飲み込んで、キーラはアレクセイを見た。

    「説明、ありがとう。でもちゃんと食べてる? 人にかまけてばかりはだめだよ」

     もはや夕食の席は、宴会モードに突入している。
     男たちは陽気に盛り上がり、時折、「キーラちゃんのために!」などという雄叫びが聞こえてくるが、そちらには適当に相手をしておいた。コーリャは穏やかに男たちを見守っているようだが、実は誰よりも健啖だ。すいすい小皿に料理をとって、ひょいひょい口の中に放り込んでいる。老人だからと云って食が細くなるわけではないらしい。

    「食べてますよ。なんといっても懐かしい味ですからね」
    「懐かしい?」
    「ルークスの料理なんです。ここに来たばかりはまだ子供でしたから、あまり食が進まなかったんですよ。するとヴォルフが気を遣って、これらの料理を用意してくれたんです」

     違和感を覚えた。シィーという名のスープを飲んで、キーラはアレクセイに問いかけた。

    「ということは、あなた、昔からこの傭兵団と一緒だったの?」

     そういえば云っていませんでしたか、と、思い当たった表情でキーラを見つめてきた。

    「十年前に、国から逃れたときからね。彼らは父王に雇われた傭兵ですから」

     長い付き合いなのだ。道理でアーヴィングをはじめとする団員たちに遠慮がないわけである。あるいは、アレクセイが王子さまらしくないのも、それが理由かもしれない。
     ふと思い当たって、キーラは盛り上がっている男たちを見た。黒髪黒瞳のセルゲイはいない。喧騒が苦手なタイプなのかと思いながら、ひらめいた言葉を口にする。

    「じゃあ、セルゲイも昔からいっしょなの?」
    「ええ。この十年間、ずっと。ほとんど友人ですね」
    「の、わりには、ずいぶんカタイ態度だと思うんだけど?」
    「気を張っているからですよ。あれでも三人でいた時には砕けていましたが」
    「三人?」

     不思議に思って繰り返すと、アレクセイは口端を持ち上げた。

     珍しい反応だ。いつものように誤魔化している微笑でもなく、かといって嬉しいからこみあげてきた微笑でもない。少しの寂しさを漂わせた、この場を取り持つための微笑だ。

     どうやら答えにくいことを訊ねてしまったらしい。キーラがちょっと迷っていると、アレクセイは気づいて、微笑みの種類を変える。今度はわかりやすい苦笑だ。

    「失礼。わたしとセルゲイとミハイル、の、三人ですよ。……ミハイルはもういません」
    (あー……)

     ようやく理由を察して、キーラは少し、口ごもった。三人目の人物、ミハイルとやらは、もう亡くなっているのだ。いまこの瞬間の空気に適する言葉が閃かなくて、飲み物が入ったグラスを、ちん、とアレクセイのグラスにぶつける。互いに無言でグラスを傾けて、料理をつついた。ヨージキという穀物が入った肉団子を口に入れると、さわやかな風味が広がった。にんまりと頬がゆるむ。アップリケエプロンを着けたヴォルフが再び料理を運んできたものだから、キーラは思わず声をかけていた。

    「すっごくおいしいです。料理、お上手なんですね」

     空いた皿を集めたヴォルフは、キーラの賛辞に嬉しそうに笑った。

    「そう云ってもらえると嬉しいねえ。ときどき、傭兵家業を引退して店を開こうかと思うこともあるよ。ま、こいつらが引き留めてくるから、考え直すけどさ」
    「俺ら、がっちり胃袋つかまれてるもーん」
    「いまさらヴォルフ以外のやつが作る料理なんざ、食えねえよっ」

     団員たちが主張すれば、ヴォルフはふん、と鼻で笑う。

    「なっさけねえな、てめえら。それだからいつまで経っても娼館どまりなんだよ」
    「あっ。同じ穴のムジナの分際でよくもっ」
    「しかたねえだろぉおっ。胃袋は正直なんだよ胃袋はっ。くそっ、ヴォルフが女だったら、」
    「うわあああっ。おめえ、禁断のひとことを云うんじゃねえっ」

     にぎやかなことである。キーラは笑いながら、さらに食べる。おいしい。
     そういえば最近は、ほとんど一人で食事していたのだ。だから忘れかかっていたかもしれない、たくさんの人数で食べる食事が、ひどくおいしいものであることを。

     宴会モードに突入したまま、夕食は深夜まで続けられた。

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