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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

誰にでも事実を知る資格はあるのです。 (14)

 ざく、という衝撃が、身体に響く。肉よりも先に骨にひびく衝撃だ。少し遅れて、圧倒的な激痛が手首から伝わった。

(……う、あっ)

 声にもならない悲鳴を上げて、キーラは腕輪をはめていた手首を押さえた。どくどくと血があふれ流れる。同時に、なじんだ硬質が、指の合間からすり抜けて落ちた。かつん、と云うかすかな音が耳に響き、そうしてキーラは懐かしい視界を取り戻した。

 痛みに支配された意識は、わざわざ命じなくても、大気中の力を手首に集めた。しゅるしゅると音を立てそうな勢いで、血管が修復されていく。血が止まる。呪文が聞こえた。力の流れを明確に感じ取った。攻撃は間に合わない。だが防御は間に合う。キーラは手首に集まる力を、そのまま強化の材料にして、手首を掲げた。ばし、と、水刃が霧散する。手首に残っていた血と水が混ざり合って、地面にしたたり落ちる。痛みが思いきり響いてるが、キーラは呼吸を繰り返すことで堪え、少年を見据えた。

「おかげで魔道封じの腕輪が外れたわ。ありがとう」

 皮肉を混ぜた声音で告げると、呆然としていた少年は、ぎりっとこめかみを動かした。

「ずうずうしいひとですね。僕の攻撃を利用するなんて」
「うん。ずうずうしいからさらに云わせてもらうわ。結界、解いてくれない?」

 つまり、攻撃をあきらめてほしい、と云う意味だ。少年は悔しげにキーラを睨む。キーラは力を集めないまま、少年を見つめた。状況に反してずいぶん無防備だが、少年が呪文を唱える間に、攻撃できる自信がある。キーラは詠唱を必要としない。傷口をふさいだ行為から少年もその事実を察したのだろう。だが結界を解くわけにはいかない、と思いつめた様子で考えているのが伝わってくる。

 このまま硬直状態に陥るかと思われた。だが、唐突に変化は訪れる。ふわ、と、空気が、結界が、するすると解けていく。キーラは眉を寄せ、少年ははっと顔色を変えた。

「スキターリェツさま……!」
「手間をかけさせてくれるなあ」

 のほほんと呑気な声が先に聞こえた。続いて、さまざまな音が耳に伝わってくる。だが、少し前のにぎわいは聞こえない。視線をめぐらせれば、結界に閉じ込められる前にいた人々の姿がない。代わりにいたのは、スキターリェツとマティ、数人の兵士たちだった。マティは苦々しい表情を浮かべていたが、つい、と顎を動かした。兵士が動き、少年を取り囲む。顔をこわばらせた少年は、スキターリェツとマティを見た。マティが口を開くより前に、スキターリェツはのんびりとした口調を崩さないままに言葉を続けた。

「街中で戦うことは禁止。僕らはそう決めたよね? これを破ったら罰を与えるよって。だからきみはちょっと反省しておいで」
「まってください、僕はっ」
「云い訳は聞かない。つれてって」

 少年をかえりみないままに、無造作にスキターリェツは云い放った。マティが非難するようにスキターリェツを見たが、結局無言のまま、少年たちと共にこの場を去った。その間、スキターリェツはずっとキーラを見つめていた。キーラはその眼差しを受け止めていたが、思い切って口を開いた。

「あたしも戦ったんだけど、あたしを捕まえなくていいの?」

 するとスキターリェツはふっと笑って、さくさくと芝を踏んで近寄ってきた。警戒などさせない、ごく自然な動作でキーラの手をつかみ、まじまじと検分する。

「ずいぶん過激な方法で、腕輪を壊したねえ」

 しみじみとした口調だった。奇妙な居心地の悪さを覚える。手を振り払って距離を置くべきだとわかっているのだが、これまでとまったく変わらない態度に困惑させられる。だが沈黙が苦痛になってきて、キーラはついつい口を開いていた。

「あたしにまた、魔道封じの腕輪をつけるの?」

 スキターリェツは面白がるように、ちらりと微笑を閃かせる。

「そうしてほしいのかな?」
「……いいえ。いまのあたしはそんなことを望まないわ」
「ふぅん。なら、つけないよ。女の子がいやがること、僕はしたくないからね」

 さらっと云われた内容に、キーラは眉を寄せる。本気で云っているのだろうか。キーラはスキターリェツの仲間ではない。むしろ敵対する側の人間だ。そんなキーラをこれまで好きにさせていたのは、魔道封じの腕輪をしていたからではないのか。

「じゃあ、あたしをどうするの」

 途方に暮れて問いかければ、スキターリェツは微笑んだまま、あっさりと答えた。

「もちろんローザのもとに送り届けるんだよ。アリアの特訓のおかげで、美味しいお茶、淹れられるようになったんだろう? その成果を見せなくちゃダメじゃないか」

 さ、おいで。スキターリェツはそう云って、キーラの手首をやわらかく拘束したまま歩き出そうとする。だが、すぐに足を止めた。キーラが唇を結んだまま、歩き出そうとしなかったからだ。不思議そうに首をかしげたスキターリェツを、キーラはまっすぐ睨んだ。

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