息をつめる感覚でアレクセイを見つめる。とっさに護ったが、衝撃までは防げない。だから彼が持ちこたえられるか、と不安だったのだけど、アレクセイと目が合ったことにほっと息を吐き出した。彼は大丈夫だ。ゆっくりと青衣の魔道士に視線を移す。
(なんというか、執念よね)
現れた青衣の魔道士を眺めて、キーラは呆れてしまった。
どこに潜んでいるのかと思っていたら、なんと地面の下に隠れていたのだ。不審物は見つからなかったんじゃないっけー、と『灰虎』の面々に訴えたくなる。だがまあ、探索した時ではなく、そのあとに潜んだのだろう。お互いに間抜けに思えてくるのはいかなる理由か。そんなことを考えていたから、ちょっと気が抜けていたかもしれない。
「王子さまの護りを解いて」
ひやりと冷たい感触が、首元に押し付けられた。女の腕がまわり、キーラを抱え込む。そういえば女のほうが長身だったっけ。自らの失態に、ふ、と、息を吐き出して、静かな声音で告げる。
「あなた、馬鹿? 襲撃者に少々脅されたくらいで、云うことをきくと思ってんの」
「きいてもらうわ」
つい、と冷たい感触が食い込んで、温かな感触がてろっと流れた。痛みは神経を走るが、アレクセイの護りをほどくほどではない。それにしても短気だなあ、と思いながら、青衣の魔道士を見た。涼やかな表情で水の竜を維持している。どこまで維持することができるか。水の竜から力は零れ落ちている。土の中のフェッルムが、魔力を吸収しているためだ。キーラと同じように、魔道士は装身具から力を得ているようだが、さていつまで持ちこたえられる?
「ちょっと、無視しているんじゃないわよ!」
ややヒステリックになった女の声が、耳朶を叩く。
うるさいなあ、とつぶやいて、キーラは挑発的に笑って見せた。
「脅しなんてかけずに、ざくっとやんなさいよ。護りを解いてほしいならね」
「なっ、」
「あたしのことが気に食わないんでしょう? ならいい機会じゃない」
そう云うキーラはもちろん本気ではない。アレクセイの護りを維持しながら、頭の中では数を数えている。もう、五十は数えた。ならそろそろあの人が到着してもいい頃なんだけど。
「殿下!」
待ちかねていたあの人の声が響いた。キーラを抱えている女の身体がこわばる。「寄らな」、そこまで云って、女は慌ててキーラを突き飛ばす。このまま自分を人質にする方法もあったのにお馬鹿なことだ。冷静に考えながら、受け止めてくれたセルゲイを見上げ、女が慌てた理由が分かった。
なるほど、これは怖い。セルゲイは黒瞳を細めて、壮絶な殺意のこもった眼差しで睨んでいる。
「なぜ、殿下が水の竜に襲われているのだ?」
「青衣の魔道士さんがはりきっちゃって。護りは施しているってば」
「そのくらいはわかる。でなければ、おまえを剣の露にしていたところだ」
(あっぶねー)
そう思いながらセルゲイの腕の中で屈んで、靴に仕込んでおいたナイフを取り出した。護りの維持に必要だから腕輪はもう使えない。魔道を使えないということだ。ならば直接行動するしかない。キーラを解放したセルゲイはもう動いている。青衣の魔道士に向かって、剣を抜き払って走り出していた。
だからキーラは、女に向かって走り出す。女は手首の装身具から力を集めて、そのまま何の特性も与えずに投げつけてきた。ナイフで受け止める。ぱきぃいん、と、ナイフが砕けた。予測通り。使い物にならなくなったナイフを放り投げ、そのまま走る勢いを殺さないで、キーラは女に掴みかかった。もつれあって、ごろごろと地面を転がる。途中、髪を引っ張られた。蹴られた。かみつかれた。だから顔を思いっきりひっかいてやった。悲鳴を上げて力をゆるめた身体に馬乗りになって、にやりと笑いかける。
「教えといてあげる。魔道に頼るばかりだと、こういうやり口に対抗できないのよ」
首筋を押さえられ、髪も乱れまくった女は、しぶとくフンと笑って見せた。
「暴力ではなく、あなたの重さに負けたのよ。体重、あたしより重いわね?」
胸の部分は軽そうなのに、と続けるものだから、きゅっと首筋を締めてしまった。
本気ではない本気では。ここで殺してしまったら本来の目的は達成できない。
なのに、「キーラ!」と焦ったような声が聞こえたのはなぜだ。