詐欺に資格は必要ありません。 (3)

 口封じに殺されることはない、と、いまのキーラは考えていた。

 フェッルムの島では少々錯乱していた。キーラは最高位魔道士であり、また、魔道士ギルドの長から後継者に指名されている身である。客観的に考えたら、充分、重要人物なのだ。少なくとも不審な死に方をしたら、ギルドの長は事の経緯を必ず質すだろう。結果、傭兵集団『灰虎』の秘密が知られるかもしれない。そのような下手をするはずがない。

 では、どうするか。

「それは、できない相談だな」

 誰よりも先に、アーヴィングが口を開いた。キーラがここまで思い切った提案をするとは思わなかったのか、表情が少しばかり改まっている。金髪の青年、――アレクセイ(仮)も同様だ。ただ、コーリャだけは優しいながらも慎重な眼差しでキーラを見返していた。

「嬢ちゃんが、おれたちの秘密を口外したら、困る」

 キーラはすっと瞳を細めた。いま、この傭兵団の団長は明らかに下手を打った。紫衣の魔道士であるキーラを、雇用主の秘密をわざわざ話して回る人間だと暗に告げたのである。

 莫迦だ。魔道士は傭兵の一種なのだ。雇用契約において、雇用主の秘密を守る義務もある。色なしの魔道士でも、そのあたりの義務は徹底的に教え込まれるというのに。

 口を開いて、感情のままに怒鳴ろうかと考えた。だがアーヴィングがそう云った途端、コーリャがアーヴィングの頭を殴った。ごいんと盛大に音が響いたから、戯れめいた殴り方ではない。本気で殴っている。はたして、アーヴィングは涙目でコーリャを見たが、コーリャはキーラに向き直って、頭を下げてきた。

「申し訳ないの、キーラどの。許してほしい」

 ようやく得られた謝罪だ。キーラはわずかに肩から力を抜いた。

「平穏に暮らしておったおまえさんを、無理矢理、今回の依頼に巻き込んでおきながら、このような始末じゃ。怒るのは当然じゃと思うが、どうか話を最後まで聞いてくれぬか」
「……顔を上げてください、コーリャ爺」

 だが、いちばん謝るべきではない人からの謝罪なのだ。複雑に顔をゆがめながら、キーラはとりあえずそう告げた。じろりと残り二人を眺めて、言葉を続ける。

「事情説明をしないまま、人の意識を奪ったり腕輪をはめたのは、コーリャ爺ではないのでしょう?」
「しかし」
「本当に謝らないでください。そんなに謝られたら、……あたしは自分の決意も貫くことができなくなる」

 キーラの口を封じる方法を選べないと悟った傭兵たちは、ではどうするのか。

 ――――もっとも考えつきやすい方法が、キーラを味方として取り込む方法である。

 同志として迎えれば、秘密が漏れる心配は不要だ。紫衣の魔道士でもあるし、心強いことこの上ない。ただ、問題は、どうやってキーラを取り込むか、ということだ。
 おそらくいまになって呼び出したのは、その方法を論議していたためだろう。『灰虎』の傭兵たちは、キーラが望んで依頼を受けたわけではないことを知っている。キーラがおとなしく自分たちの仲間になると考えられるほど、傭兵たちは楽観的ではないだろうから。

「意思は変わらないと?」

 穏やかにそう云った青年を、キーラはまっすぐに見つめ返した。アレクセイと名乗り、ミハイルと呼ばれていた青年を、なんと呼びかければいいのか、キーラはまだわからない。

「変える余地がどこにあったというの」
(ああ、まずいわ)

 云い返しながら、確かにキーラはそう考えていた。完全に自分は、喧嘩腰になっている。
 このままでは傭兵たちから強硬な態度しか引き出すことができない。もっとうまく立ち回らなくては。思考の隅では確かにそう考えているのに、身体には、態度には現れない。

(うまく交渉したいのに)

 表情を変えぬまま、心の内で困惑していると、背後から遠慮がちな声が聞こえた。

「あのう、団長」
「なんだ」

 苛立ちがにじみ始めた表情で、アーヴィングが応える。背後から歩み寄る気配がして、キリルがキーラの隣に立った。身体がこわばっていたから、キリルに視線を向けなかったが、そっと気遣うように視線を向けてきた動きには気付いた。

「僕たちはまず、キーラさんに謝るべきではないでしょうか」
「なんだと?」
「だってキーラさん、なにもしていないのに、犯罪者がつける腕輪を勝手につけられたんですよね。まずそれが問題だと思うんです。無実の人を犯罪者として扱ってるんですから」
(いえ、別にそれは構わないのだけど)

 むしろうっとうしい魔力が見ることができなくなって、キーラとしては万々歳である。
 だがさすがに本音をダダ漏れにするほど、キーラは空気を読めない人間ではない。実際に、アーヴィングは痛いところを突かれたと云わんばかりである。ちらりとその視線が動いて、金髪の青年に向かった。青年は涼しい表情を動かさない。

 そうか、と悟る。今日までの扱いは、すべてこいつが原因だったのか。

(あるべき場所に、返すと云ってくれていたのに)

 キーラはくしゃりと顔をゆがめた。視界がぶれる。ぎょっとアーヴィングが表情を変えた。理由はわかっている。優美な金髪の青年も、軽く眉をひそめた。

 でも泣いてやるものか。うるんできた瞳を、渾身の気力で持ちこたえる。こんなの、間違っている。こんなやつに勝手に期待して、裏切られたように錯覚して、あげく涙を流すなんて冗談じゃない。
 キーラは必死になってまぶたをまたたかせた。涙を散らせる。気持ちを鎮める。すうはあ、と大きく呼吸を繰り返して、つばを飲み込んで、告げた。

「確認させていただくわ。要するに、あなたたちはルークス王国王子を騙ろうとしている。そういうことよね?」

 するとアーヴィングが奇妙に口ごもった。コーリャはまぶたを伏せる。
 なにか事情があるのか。直感的に感じ取ったが、金髪の青年がばさりと云ってのけた。

「その通りです」
「そしてあたしにその片棒を担がせようとしていた。ことが露見したら、あたしはもちろん、魔道士ギルドも騙りを働いたという汚名にまみれることになる。少なくともあたしは、あなたたちと同じように処刑される。その上で、あたしを巻き込もうとしたのね?」
「はい」

 ぶるっと唇が震えた。頼りなくおののくものだから、唇を噛んでしっかりとしようとした。金髪の青年が苦笑する。いつもと同じようでいて、でもなんだか違う微笑だ。

「その先は云わなくてもいいですよ、キーラ。よくわかりましたから」

 やわらかい声だ。微笑と同じように、やわらかくやさしい。『アレクセイ』らしい態度だ。幼子をあやすような、やさしい『王子さま』らしい態度。でも。

(それはあなたの本当の態度じゃないのでしょう……?)

 もうわかっている。青年の真実は、あの夜、フェッルムの島で見たのだから。
 だからこわい。殺されることはないとわかっていても、やはりこわくて、どこか哀しい。

(ああ、もう、ぐちゃぐちゃ)

 ぶるんと頭を振った。いまはどう考えても、冷静になれそうになかった。

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