(24)

 とはいえ、作戦と云っても、そんなに難しい内容じゃない。
 先に話し合った通り、要求に従うように見せかけて、レオを捕縛する。ただし、リーチャの安全を最大限に優先すること――――だから決して難しい作戦ではないのだ。

 わたしはひっそりと死角になる場所に潜んでいる。ディーノも同様だ。不必要にレオの警戒をかきたてないほうがいいからだ。

 不安が、ある。

 なにせ今回、共に作戦を行うのは気心の知れた仲間たちじゃない。ラウロたち、素人だ。なにをしでかすのか、と云う不安はもちろん抱えているし、わたしにフォローしきれるのか、と云う不安も強い。だからといって今から仲間たちを招集するわけにはいかない。時間がないのだ。だから現状のまま、作戦に突入する。エットレのお叱りは覚悟の上だ。

 ――――もう、日が暮れて、きれいな星空が頭の上に広がっている。

 この暗闇がレオではなくわたしたちの味方をしてくれることを祈りながら、倉庫に進んでいくラウロとカットゥロを見た。「レオ」、呼びかけている声が聞こえる。「ラウロ! カットゥロ!」、応える声はリーチャの声だ。まだ張りのある声に、ちょっと安心した。

「まさかおまえたちが来るとはね」

 倉庫の扉が開いた。現れたレオはリーチャを乱暴に引き寄せ、盾にしながら、リーチャに隠れる形で応じ始めた。位置を確認する。扉とリーチャ、二重に隔てがある。まだ、動けない。慎重になれ、と云い聞かせるわたしの前で、カットゥロが進み出る。

「なぜわたしたちが来ないと考えたのだ? わたしはリーチャの友、親友だぞっ?」
「たった一人の家族が、こんな時間になっても帰ってこないんだ。当たり前だろ」

 ラウロも続いて進み出て、軽く腰に手を当てた。「ばかっ。なに云ってんの二人とも」と叫んだのはリーチャだ。本当に元気そうで何よりだ、でもどうか、レオを刺激しないでくれ。ああ、……「おとなしくしてろ」と倉庫のなかに引きずり込まれた。ぎゅっとこぶしを握り、同時に反応した二人をハラハラする想いで見守った。ふ、とラウロが息を吐く。

「レオ。おまえ、逃走準備をさせたけど、どこに逃げるつもりなんだよ?」
「なんだよ、ラウロ。なんでそんなことを訊くんだ」
「友達なんだ。気になるのはあたりまえだろ。……師匠に伝えることは?」

 くしゃり、とレオの顔がゆがむ。憎々しそうなものになるかと思えば、今にも泣き出しそうな、か弱い表情だ。「なんだよ、いまさら」、そういうつぶやきが聞こえた。

 幼馴染、なのだ。

 しみじみとそんなことを思い出す光景だった。ラウロもカットゥロも、神妙な眼差しでレオを見つめている。その眼差しには非難とか軽蔑とか、そういう感情が見当たらない。かろうじて見つかる負の感情は、哀しそう、という感情で、少なくとも、レオを傷つけるものではないのだ。やわらかく、やさしく、包み込むように、――――でも、追い詰める。

「なんで、おまえ、ここにいるんだ。ラウロ、明日、ピッツァフェストなんだぞっ。それなのに、なんで。カットゥロだって、……おれが、したこと、忘れたわけじゃないだろ」

 支離滅裂に、レオは云う。ぐちゃぐちゃのありさまだ。ああ、とわたしは感じ取った。
 作戦は必要ないかもしれない、と考えたんだ。いままでにも迎えたことがある瞬間、立てこもった犯人の、心の砦が崩れた瞬間を、わたしは目の当たりにしている気がした。

「忘れるはずないだろう。一生根に持って、チクチク云ってやるぞわたしはなっ」
「レオ。ピッツァフェストはまた、来年もあるんだ。不戦敗でも気にならないさ」

 カットゥロとラウロが交互にレオを揺さぶる。このまま、穏やかに結末を迎えられるかもしれない。そう考えたときだ。

(カールーシャ)

 ふと、手元の魔道具が不意にささやいてくる。これは、ディーノのささやきを届けてくる魔道具なのだ。「なに」、とささやき返すと、ディーノは意外なことを告げた。

(リーチャだっけ、人質になっているお嬢さん。なにやら危ない動きを見せているぞ)

 え、と、倉庫のほうに意識を飛ばした。わたしの居場所からは見えにくいから、ちょっと移動して、……ああっ、本当だ。なにやら手に荷物を抱えている。なんだ、なにを抱えているんだ、と慌てながら魔道具に囁き返す。「魔道でリーチャを護るから、あとよろしく」、無茶振りだとわかっていたけど、とにかく、そうささやいてわたしは呪文を唱えた。「ウェダ」、と水に呼びかければ、倉庫脇の屋根の下、いざと云うときのために設置されている水瓶がぐらりと反応する。力は届いている。くるんと包み込む画像を思い描きながら、続きの呪文を発動させた。

「オペルゥィ シィティアム リ・ニタール」
(あなたは彼女を優しく包みなさい)

 ラウロにカットゥロ、レオは驚いただろう。唐突に、水瓶から水が浮かび上がって、リーチャを包み込んだのだから。

 いろいろなことが同時に起こった。リーチャも驚いて、手から荷物を取り落した。はっとレオが反応するより先に、動いていたディーノがレオの身体を押さえつけた。ラウロとカットゥロが反射的な動きでディーノの邪魔をしようとする、寸前に、わたしも動いた。

「はい、そこまで」

 ぱちん、と指を鳴らして、リーチャの動きを制した水の塊を散らしたのだ。

 あたかも噴水のように降り注いだ水に、不穏な動きをしかけた素人たちは目をかばう。まったく動じていないディーノが立ち上がって、レオを立ち上がらせた。ディーノもびしょ濡れになっているから、近づいてきたわたしをじろりと睨む。笑ってごまかしながら、へたり込んでいるリーチャをのぞきこもうとすると、彼女が先に動いた。

「この、おおばかっ」

 そう叫んで、ばっちーん、と、レオの頬をひっぱたいたのだ。

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