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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

間章(9)

 ほかほかと手に抱えた荷物から、なんとも美味しそうな匂いが漂っている。 

 魔道士ギルドに向かうなら、と云ったキーラが購入した荷物は、魔道士ギルドに残っているレフへの差し入れだと云う。すでに朝食を食べ終えた時間ではないかと指摘すれば、いいの、と軽く受け流される。やや憮然とした表情で、ぼやくように続けられた。 

「あいつ、仕事をひとつ請け負っているのに、昼まで寝てるんだもの。だからいまの時間でちょうどいいわけ」 
「仕事?」 

 少々意外な心地でアレクセイは訊き返した。魔道士ギルドへの不信は根強く続いていると聞く。それなのに、仕事を依頼する人物などいるのだろうか。なにか企んでいる人物なのではないか、と、重ねて訊ねると、面白がるような表情でキーラはある建物を指差した。 

「まあ、悪だくみができる人物かどうか、確かめてみてよ」 

 そう云いながらキーラが指差した建物は、古ぼけた建物だった。壁にうっすらと罵詈雑言の文字が残っている事実から気づいた。すでに魔道士ギルドに着いていたらしい。 

 ちょうど扉が開いており、すっきりと若い男と小さな少女が向かい合っている様子が見えた。男は腕に子猫を抱えており、少女に話しかけている。比較的整った顔に浮かぶ、意外なほどやさしげな表情が印象的だった。だがこちらに気づけば、仏頂面になる。ははんと閃いた。彼がルークス王国にいる五人の魔道士たちの一人、レフか。彼は押し付けるような乱暴なそぶりで子猫を少女に押し付けた。近づくにつれて、少女の様子も見える。にっこりと満面の笑顔を浮かべた、可愛らしい少女だ。まだ、年齢は一桁だろう。 

「――――じゃあ、わかったな。もう、同じことを繰り返すんじゃないぞ」
「うん、ありがとう。おじちゃん!」 

 軽やかに少女が礼を告げて、たったった、とアレクセイたちの隣を走っていく。 
 キーラが進み出て、素早く締められようとしていた扉を抑えた。ち、と舌打ちして、男はじろりとキーラを睨んだ。 

「なんだ。今日は急務とかじゃなかったのか。男連れで来るとは聞いてないぞ」 
「まあまあ、怒んないでよ、レフおじちゃん」 

 にやにや笑いながらキーラが云うと、男は苛立たしげにため息をつき、八つ当たりのように、じろり、と漆黒の瞳で見つめてきた。 

「で? だれだあんた。この娘っこの付添なんざ、物好きにもほどがあるが」 
「あら、ごはんを持って来てくれた人に、そういう態度でいいわけ」 
「ごはんくらい、わしにも作れる」 
「アレクサンドルのピラスキーでも?」 

 勝利を確信した笑顔を浮かべてキーラが云えば、むっつりとレフは黙り込んだ。だが扉を閉じようとしていた手を放し、建物内に入る。実に雄弁な態度だ。ほくそえみながらキーラがアレクセイを促してきたから、なにげなくみわたしていた視線を戻して建物に入る。 

 なかは意外なほど、きれいな印象だった。 

 掃除が行き届いて、ピカピカに磨かれている。受付にはだれもいないが、きれいな文字で『御用の方はお気軽にお声かけください』と書いてある。レフとキーラに続いて建物内を進めば、やがて一室にたどり着いた。扉を開ければ、ギルド長が茶を飲んでいる。 

「じいさま。今日はこっちにいたの?」 

 意外そうにキーラが声をかけると、ギルド長はまず、アレクセイを見た。
 ほほう、と云いたげに表情を変えたものだから、さすがだ、とひそかに感心する。レフは気づいた様子もなかったが、と考えると、孫娘そっくりな様子でレフに視線を移した。 

「レフよ。おぬし、キーラではなく、自分が支部長でいる、と云っておったな」 
「なんだ突然」 

 ギルドに属する魔道士を、すべて統括する人物に、ずいぶんぞんざいな物言いである。 

「その訴え、きいてやってもよいぞ。ただし、そこにいる人物がだれか、答えられたら」 

 そういうオチかよ、とぼやく声がアレクセイにも聞こえた。 

 地位が脅かされようとしているのに、キーラは平然と動き回り、お茶を淹れて四人分の皿を並べる。アレクセイが抱えていた荷物を受け取り、袋を開き、ピラスキーをのせていった。合間に着席を進める。動揺の欠片もない、レフからしたら可愛げがないだろう態度である。アレクセイの想像通り、忌々しそうにキーラを睨み、次いで、八つ当たりのようにアレクセイを睨んで、ため息と共に云う。 

「姿変えをしているな。……ロジオンを訪ねてきた、精霊の一人、か?」
(なるほど、術がかけられている事実は、察していたのか) 

 だが残念ながら大外れだ。苦笑してキーラを見れば、キーラはぱちんと指を鳴らした。 
 自分では変化はわからないが、たぶん、いまの動作で術が解かれたのだろう。外れか、と、ちいさくつぶやいた声は、鋭く息を呑む音に続いた。 

「金髪に、緑の瞳。おいキーラ、もしかしてこいつは」 
「じいさまにはわかってたみたいよ。はい、アレクセイ王子でしたー」 

 さくっと云ってのけた後、キーラはお茶を腰かけている男たちの前に並べた。アレクセイはまじまじと見つめてくるレフに苦笑して、紅茶をひと口呑んだ。美味い。 

 だが、すぐに響いた大声に、ぴたりと動きを止めた。 

「ばっかだろう、おまえ。なんつー人物を連れてきた!」 

 怒鳴られたキーラは、ぱくりとピラスキーにかぶりつく。まったくよく食べるものだ。 

「だって王子さまが連れていけって云ったんだもーん。あたし、云うこと聞いただけだもーん」 
「そこを止めるのが、側近と云うものだろう!」 
「まだまだじゃのう。術者がキーラだということもわからなんだか?」 
「それはわかってた! 紫衣の魔道士以外、こんなにくそ精密な術、かけられるはずないだろうが!」 

 腹立たしげに続けて、レフは今度、アレクセイにも矛先を向けた。 

「あんたもあんただ。なんでのこのことこんなところに来る。自分の立場と云うものをもっと理解しろ。おれたちがどういう目で見られているか、わかっているはずだろう!」 

 ずいぶん、まともなご意見である。なるほど、と二人の魔道士の反応を理解した。 

(これはまた、ずいぶん、からみたくなる……) 

 それ以上は云わない。ただ、にっこりと笑って、告げた内容はまるで別の言葉だ。 

「ですが、可愛らしいお客さまもいらしていたようですが? 彼女が良くて、わたしがいけないとはどういう理由でしょうが」 
「……あんたも、こいつらと同類かよ」 

 疲れたようにつぶやき、レフもピラスキーにかぶりついた。ちなみにレフの皿にあるピラスキーの数がいちばん多い。それが慰めになると云えば、なるだろうか。 

 くすくすと笑いながら、代わりに、キーラが答える。 

「答えは簡単。王子さまはあの子と違って、魔道士ギルドの印象改善に役立たないでしょ」 
「なるほど、魔道士ギルドをあげて、絶賛キャンペーン中でしたか」 

 キーラの答えで真相が読めた。 

 魔道士ギルドへの不信はなお深い。だが、それは大人たちの事情で、子供には関係ないのだ。たとえ親から「魔道士ギルドに近寄ってはならない」と云われても、子供たちがおとなしく従うはずがない。むしろ面白がってやってくる可能性がある。 

 そうしてやってきた子供たちに「魔道士として、出来ることがあったら云ってね」と伝える。それは軽い挨拶程度の勧誘だが、なかには先ほどの少女のように、真面目に依頼に来る子供もいるということだ。 

 そう、たとえば仔猫のけがを魔道で治してほしい、とか。 

「施療院では獣のけがは治さないですね」 
「そういうことじゃ」 

 アレクセイが指摘すると、ギルド長は満足そうに云う。 

 だから子供は魔道士ギルドにやってくる。あれから、子供は当然、親に報告するだろう。親は子供を叱るだろうし、魔道士たちの思惑も疑うに違いない。だが、現実に存在するのは、魔道によって、傷が治った仔猫。魔道がもたらす恩恵を思い出す効果もあるし、また、子供のお願いすら聞き入れた、と云う事実も広がっていく。そうして、遠まわしに魔道ギルドへの不信を取り去るつもりなのだ。 

「つまり、魔道を使った何でも屋さん作戦で、目指そう愛される魔道士ギルド、ってわけ」 
「ギルド長の発案ですか」 

 キーラが要約した後、アレクセイがギルド長を訊ねる。すると誇らしげに否定された。 
 その反応に驚いた。意外な心地で、この場にいる紅一点を見る。 

「なによ、その反応」 

 わずかに唇をとがらせて、しかし、少しばかり頬を赤らめて、キーラは告げた。 

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