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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

権利を主張できる資格は、とうにない。 (1)

 とはいえ、くわしい事情も知らされないまま、唐突にあたりが真っ暗になったとき、平静でいられる人間は多くない。すでに目覚めていた民はざわめいて、混乱し、なかには叫び、怒号をあげる者もいた。予想してしかるべき、当たり前の反応だった。 

「なにっ、なんなのこれっ」 
「とにかく火だ、火! このままじゃなにもできやしない」 
「ちくしょう、なにが起こってるんだよ!」 

 恐慌になりそうなありさまを見て、キーラは、みんなの心を落ち着けないと、と慌てた。自分を叱咤したい気持ちを、いまは抑える。名案だと閃いて実行した案が、いろいろ足りなかった案だったと思い知りながら、必死で頭をひねった。どうしたら落ち着いてもらえるのか。詳しい事情を話すわけにはいかないし、と考え続けて、ようやく閃いた。

 再び、次なる魔道のために力を集める。他の魔道士たちもキーラが集めた力の流れを感じ取り、魔道の構成を読み取って、キーラの意図を察した。詠唱を始める。かねてより用意していたハナビの魔道、それにもう一つ、予定にはない効果を加えて、発動させたのだ。 

「華やかなる、光と熱の祝福よ。いまこそ天空にてあざやかに咲き誇りたまえ」 

 キーラの詠唱と魔道士たちの詠唱が重なり合い、形を与えられた力が空に向かう。 
 ドーン、と、腹に深く響くような音が空気を震わせ、天にハナビがあざやかに華開いた。 

 騒いでいたひとびとは、まず、音に驚いて空を見あげ、次々と展開される魔道に驚きの声をあげた。誰もが初めて見るハナビは、圧倒的な迫力で人々の視線を奪い続ける。 

 さらに、新たに加えた効果が発動した。こまかな欠片は地上に落ちながら本物の花弁となり、優しい感触で人々に触れ、馨しい芳香をあたりにまき散らす。みずみずしい花の芳香が不安や恐怖をなだめたのか、王国民の反応が落ち着いてきたようだった。キーラは息を吐いた。同僚たちはまだ必要だと見なしたのか、次々とハナビの魔道を打ち上げている。 

 実はここまでの経過は、あらかじめ通達しておいた予定に沿っている。

 警備上の理由につき、式典がはじまる前、魔道士たちが王都を暗闇でおおい、華やかな演出を加える、と、王都の区画長を通じて、民たちに通達しておいたのだ。だからキーラは、かなり前倒しではあるが、計画に沿った形で魔道を発動させることによって、これは予定調和の内に入ると、民たちに錯覚させようとしたのである。 

(もう、破れかぶれ、といった感じだけど) 

 はらはらしながら、まわりの様子を眺め、術を行使し続けて――――どのくらいの時間が経っただろうか。 

「おい。王宮を見ろ!」 

 ふいに、だれかがそう叫んだ。ただちにキーラも反応して、王宮を見た。すると、王宮が盛大にかがり火を灯したさまが、遠目でもはっきり見えた。

(王子さま、動いてくれたの?) 

 ロジオンから報告されたのか、それとも魔道の発動になにかを感じてくれたのか。 
 いずれにせよ、あたかも魔道士たちの行為を肯定するような、反応の速さである。 

 真っ暗闇な王都で頼もしく感じる輝かしさで存在し続ける王宮に、次々と安堵が広がっていくさまが、キーラに伝わってきた。加えて、それだけではなかった。 

 灯りを掲げた兵士たちが、次々と広場に現れたのである。華やかな飾り付けをされた馬車は広場に停まり、なかから最上級の正装に身を包んだ文官が現れた。キーラも顔だけは覚えがある、五十代半ばほどの男は、からからと巻物を広げて、民の前に掲げた。 

「栄えあるルークス王国の民たちよ」 

 落ち着き払った態度で呼びかけてきた文官に、集った民衆は改めて安堵の息をつく。 

「かねてからの通告通り、いま、天空で展開している魔道士たちの演出が終了したのち、アレクセイ・パーヴロヴィチ・スヴェート殿下の即位の式典を始める。だが式典の前に、殿下より賜った祝いの酒をふるまう。手の空いている者は中央広場に集まるように」 

 ようやく平常心を取り戻した民は、その言葉にわっと喜びをあらわにした。あちらこちらへ、思うがままに歩き始める。ぽつぽつと灯された明かりのなかで、兵士たちが配る酒を受け取る者もいれば、儲け時と見て急いで屋台の準備をする者もいる。 

「なぁんだ、これがあの通達だったのね」 
「それにしちゃ、予定より時間が早くないかい?」 
「伝達事項に行き違いでもあったんじゃないか? そうとわかりゃ、堪能するか」 
「そうだな。これだけ大がかりな魔道は、そうそう滅多にみられるもんじゃねえ」 
(よかった……) 

 漏れ聞いた会話を聞いて、キーラもようやく肩から力を抜いた。すっと脇にレフが立つ。 

「アレクセイ王子、さまさまだな」

 皮肉な目つきで事態を見守っていたレフが告げるものだから、キーラはうなずき、苦い感触で笑った。レフが本当に云いたかった言葉は、浅慮なキーラへの非難だとわかっている。暗闇の魔道は、天空要塞の動きを留める効果はあったかもしれない。けれど一歩間違えれば王都は恐慌状態に陥っていたのだ。アレクセイの支援にひたすら感謝である。 

「で、ルークス支部長どの? これからどうする」 

 キーラ同様、他の同僚たちに術の行使を任せたらしいブラッドが、そう訊ねてきた。 
 わずかに考え込んだキーラは、応えるより先に、近づいてくる文官に気づいた。丁重な動きで近づいてきた文官は、ひそやかな口調でささやきかけてくる。 

「エーリン支部長。わたくしと共に王宮にお越しください。今後の対応を話し合います」 

 ひとつうなずいて、すぐにキーラは眉を寄せた。 

「ロジオンの報告をお聞きになりましたか? 天空要塞の確認が必要だと思われますが」 

 どんなに派手な魔道であっても、しょせんは目くらましなのだ。天空要塞が実際に動きを止めたかどうか、確認しなければなるまい。そう考えて訊ねれば、文官もうなずく。 

「ご心配なく。すでに殿下の指示によって兵士が動いております。ですがその前に、エーリン支部長。これはわたくしの疑問なのですが、魔道によって王都全体に結界を張ることは可能でしょうか」 

 なるほど。魔道士ではない、一般人らしい疑問である。 

 どう応えたものか、と考えこんでいる間に、さっさとブラッドが疑問に答えた。 

「いや、できないな。範囲が広すぎる。今回、暗闇の魔道が王都全体に発動した理由は、あらかじめ設置しておいた魔道具のおかげだ。ちなみに使った魔道具は、暗闇の魔道向けに特化したものだから、防御結界に切り替えることは不可能だな」 
「……なるほど。失礼いたしました」 

 少しばかり落胆した様子を見せたが、文官はすぐに思考を切り換えた様子で頭を下げた。キーラは軽く頭を振った。たとえ攻撃されても魔道で防いだら。そう考えるのは自然だ。 

 とにかく、いまは王宮に向かわなければ。 

 そう考えながらも、この後が気がかりで振り返れば、魔道に集中しているはずの仲間たちは、眼差しだけをキーラに向けて、にやっと笑った。代表して、ブラッドが口を開く。 

「行ってこい。ここは任された」 
「……ん!」 

 おおらかな笑みに、キーラもつられて微笑んだ。 
 きっと大丈夫。だって最高位の魔道士たちがそろっているんだから、と強い気持ちでひとりごちて馬車に乗り込む。文官も乗り込み、たちまち、馬車は走り出した。 

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