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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

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茶道部のおもてなし 第一章

目次

(3)

「そっか、同じ電車で帰れるんだね」

 教室を出て昇降口に向かいながら、自然な流れでお互いの最寄駅を打ち明けた。

 嬉しそうに笑う結衣に対し、乃梨子はちょっとばかり気まずい。なぜなら今朝、結衣と同じ電車に乗っていた事実を打ち明けそびれているからだ。ぺろっと打ち明ければいいとわかってるが、なかなかタイミングが難しい。

 体育館に向かう一年たちを横目に通り過ぎて、校舎を出ようとしたときに、結衣を呼ぶ声が聞こえた。男の子の声だ。結衣が足を止めたから、乃梨子も足を止める。

 なんとなく相手を予想しながら振り返ると、朝、結衣と一緒に電車に乗ってきた男の子が立っていた。制服ではなく、剣道の道着を着ている。凛々しさが目立つその姿を、体育館に向かう一年生がチラチラ振り返ってる。その様子を見た結衣がニヤ~っと笑った。

「勧誘効果は抜群のようだよ、海斗くん。剣道部は今年も安泰だねっ」

 海斗と呼ばれた男の子は、結衣に対し呆れた表情を浮かべた。

 なにかを言い返そうとしたが、結衣の隣に立つ乃梨子に気づいた。ちょっと驚いたように目を見開き、結衣に視線を向ける。海斗の視線を受けた結衣は、乃梨子を振り返った。

「紹介するね。あたしの幼馴染、北原海斗。隣のB組の生徒だよ。……海斗、こちらは今日、A組に転入してきた中村乃梨子ちゃん。自宅が近いから、今から一緒に帰るの」

 結衣の言葉に合わせて、ぺこりと頭を下げれば、海斗も同じように頭を下げた。「邪魔して悪い」と短い言葉で乃梨子に断りを入れ、結衣に向き直る。そうしてやや厳しさを含んだ表情で、「こら」と結衣を叱りつけた。

「オリエンテーション不参加だから来なくていいと言われたからって、本当に帰るやつがいるか。部長たちは部室に集まってるんだろ?」

 海斗の言葉を聞いて、結衣は「うへえ」といいたげに表情を歪めた。その表情を見咎めて、なおも海斗はガミガミと説教を続ける。乃梨子はそっと二人から距離を置いた。

(もしかしなくても)

 一緒に帰ろうと誘ったのはまずかったんだろうか。今からでも一人で帰ると行ったほうがいいかな、と思い悩みながら、そっと体育館がある方向に視線を向けた。一年生たちはもう完全に体育館に到着したころだろう。なら剣道部の勧誘をするだろう海斗も体育館に向かったほうがいいのでは、と思いついたとき、視界の隅を過ぎる人影が見えた。

 するりと受け流しそうになりながら、引っ掛かりを覚えて、目を細めた。

(あ)

 その人は着物を着ていた。現代的な校舎のなか、違和感を覚える格好だ。白く長い髪をひとつにまとめている彼は、ゆっくりとこちらへ歩いているようだった。今日は緑色の着物と白色の羽織を着ている。そして相変わらず頭の上には、ピンと尖った獣耳があった。

 あの人だ。まじまじと注目していると、青年と視線があった。ぺこりと頭を下げれば、遠目にもわかりやすく、ぱあっと嬉しそうに青年が笑う。つられてへにゃりと笑い返したとき、そばで聞こえていた会話が止まった事実に気づいた。

 会話が終わったのかな、と思って二人に視線を戻せば、なんとも珍妙な表情を浮かべて、二人は乃梨子を見ていた。首を傾げたところで、海斗は低く「結衣」と呼びかける。真剣な表情に切り替わった結衣は「わかってる」と言って、乃梨子の腕を掴んだ。

 唐突な動きに驚いていると、ぐいっと少しばかり強引に引っ張られる。「奈元さんっ?」と疑問を込めて呼びかけたが、結衣は答えない。困惑して海斗を振り返れば、こちらはすでに体育館に向かって歩いている。後ろを向いたまま軽く右手を振られて、困惑が深まる。

 結衣は乃梨子を引きずって、ずんずんと歩く。あの獣耳がある人の近くまで来ると、今度はその人の腕もつかみ、方向転換した。「おや」と呟く青年の声が聞こえたが、結衣は止まらない。訳がわからないまま、他に誰も歩いていない通路を三人は進んでいく。

 そうしてたどり着いた先は、当然、はじめて来る場所だ。

(和室?)

 他とは違う造りの扉を開けて、結衣は乃梨子と青年の二人を、その部屋にぐいと押し込んだ。ちょっと乱暴な動きに、足がもつれた。倒れそうになるところを青年に支えられたタイミングで、からりと障子が開いた。

「ましろさま。いらしたんですか、って、」

 障子を開いた女生徒は、こちらを見てギョッと目を見開いた。乃梨子はあわてて体勢を整え直して、青年から離れる。「ありがとうございます」と青年に詫びたところで、パタンという音が響いた。見れば結衣が後ろ手で扉を閉めている。

 そうして結衣は、ゆっくりと顔をあげ、ニヤ~っと笑った。

 思わず顎を引いたところ、「よしっ」という声が聞こえる。不機嫌そうだった女生徒が両拳を握りしめ、「でかした奈元っ!」と輝く笑顔で快哉を叫ぶ。開いたままのふすまから、中の和室にいたのだろう男子生徒二人が姿を見せて、乃梨子と青年を見比べる。

 傍に立つ青年を見上げれば、獣耳の青年は苦笑した。それだけなのに、おおおっ、という歓声が上がるものだから、乃梨子はつくづくと途方に暮れた。

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