MENU
「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

茶道部のおもてなし 第一章

目次

(2)

「中村乃梨子さんね? 担任になる渡辺薫です。よろしく」

 学校に着き、あらかじめ案内された通りに職員室に向かえば、セミロングの女教師が乃梨子を待っていた。スラリと背が高く、白いシャツにベージュのスーツを合わせている。きれいなひとだ。渡辺先生はにっこりと笑顔で乃梨子を迎えてくれた。

「中村さんは二年A組になります。こっちよ」

 ハキハキと教えてくれた渡辺先生は、乃梨子の先に立って歩き始めた。職員室を出て、保健室の前を通って、階段に上がる。先ほどチャイムが鳴っていたから、生徒たちはもう教室に集まっているのだろう。これから同級生たちと対面するのだ、と思えば、足元から震えが込み上げてくる。深く呼吸を繰り返せば、渡辺先生が振り返って軽く笑う。

「大丈夫。クラス替えがあって、新しい学期に緊張しているのはみな同じだから」

 気遣いを感じ取って、乃梨子は笑顔を浮かべた。少々引き攣っていただろうが、笑顔は笑顔だ。「ありがとうございます」と言えば、渡辺先生は苦笑してA組の扉を開いた。

 「あ、薫ちゃんだー」とか「ラッキー」という声が聞こえる。生徒たちに好かれている先生らしい、と思いながら、渡辺先生に続いて入室すると、「えっ」「転入生?」という驚きの声が聞こえた。自分に集まる視線を感じて、乃梨子はうつむきそうになったがなんとかこらえた。「はい、静かに」と声を張り上げた渡辺先生が、乃梨子を隣に招く。

「今日からみなさんのクラスメイトになる中村さんです。仲良くしてね」

 自己紹介してくれる? と小さく囁きかけられて、乃梨子はぐるりと教室を見渡した。

「神奈川県から参りました、中村乃梨子です。……よろしくお願いします」

 途中でなにか面白い一言を添えればよかったのかもしれないが、何も思いつかないから無難な挨拶になってしまった。とりあえずぺこりと頭を下げれば、ぱちぱちぱち、と拍手が聞こえる。顔を上げれば、渡辺先生が教室の空いている席を示してくれた。ぺこりともう一度頭を下げて、その席に着く。窓際の席だ。空いた窓からやわらかな風が入ってきて、ようやく椅子に座った乃梨子の頬を撫でる。ちょっと落ち着いた。

「ねえねえ」

 つんつんと背中を突かれ、ふり返って、「あれっ」と思った。

 ふわふわした茶髪の女の子が、キラキラと輝く瞳で乃梨子を見つめていた。見覚えのある女の子だ。電車で一緒になった女の子は、ニコッと屈託なく笑う。

「神奈川県から来たの? 何区?」
「あ、都筑区だけど」

 そう答えれば、「うそぉ」と嬉しそうに言う。なにが? と首を傾げれば、「あたしのおばあちゃんちと一緒」と続ける。そうなのか、と思いながら、なにを言い返そうかと考えていると、にっこーと満面の笑顔を向けられた。

「奈元結衣です。これからよろしくね、乃梨子ちゃん」

 ぱちぱちと目を瞬いて、ようやく乃梨子も笑顔を浮かべた。

「ありがとう。これからよろしく。……奈元さん」

 相手に合わせて「結衣ちゃん」と続けられるコミュニケーション能力があればなあ、と乃梨子は思った。結衣がちょっと残念そうな表情を浮かべたからだ。なにか言葉を重ねようとしたけれど、前の席からプリントが回ってきた。受け取って結衣に回す。

 プリントは今月の行事予定表が書かれたものと今日の時間割が書かれたものがあった。渡辺先生が今日の時間割を読み上げる。今日の予定は朝のホームルームが終わった後、オンラインで始業式、生徒会オリエンテーションが行われる。そのあと、一年生だけが体育館に集まり部活動オリエンテーションを受けるのだとか。中村さんも参加する? と渡辺に訊かれて首を振った。この学校の部活動に興味がないわけではないが、一年生に混じって一人だけ参加するなんて、とても気が進まない。

(にしても、部活動か)

 教室のテレビに電源が入り、オンラインでの始業式が始まる。席についたままテレビを見上げて、乃梨子が考えることと言ったら、これからの部活動についてだ。

 正直にいうと、そういえばそんなものがあったな、という気持ちだ。

 前の学校では部活動は義務だったから、文芸部に入っていたのだ。詩や小説を書く、という活動ではなく、部員それぞれが好きな漫画や小説について語り合うだけの、ゆるい活動だったから続けられた。文化祭ではあまり盛り上がらなかったけれど、それでもわりと好きな部活動だった。

 でもこの学校に転入してきたいまも、同じように文芸部に入りたいか、というと、そんな気持ちじゃない。最近は書籍の新刊情報をチェックしてないし、好きだった漫画や小説への情熱も、なんとなく冷めてしまったような感覚がある。

 だからと言って運動部に入りたい、というわけでもないのだけど。

 さいわい、この学校では部活動は義務ではないようだ。だったら帰宅部でもいいかな、と考えつくころには生徒会オリエンテーションも終わって、解散となった。

「乃梨子ちゃん、本当に部活動オリエンテーションに参加しないの?」

 通学カバンに荷物を放り込んで、さあ帰ろうとしたときに、結衣が話しかけてきた。苦笑を浮かべて、「一年生に混じるのは、ちょっとね」と言えば、納得した表情を浮かべる。結衣は二年生だ。だからこれからオリエンテーションで一年生に勧誘する側なのだろう。そう考えて、「奈元さんは何部なの?」と訊ねると、ちょっと困ったような表情を浮かべた。あれ、と不思議に思って見返すと、ため息をつかれた。なにかまずいことを言ってしまっただろうか。乃梨子はますます混乱する。

「茶道部。でもうちの部ってオリエンテーションに参加しないんだよね」

 意外な名前と意外な言葉が返ってきた。

 首を傾げて、「オリエンテーション参加って義務じゃないの?」と聞き返せば、結衣は細い眉をキュッと寄せる。難しい表情を浮かべる結衣にますます疑問が浮かぶ。

「うちの部に限れば、義務じゃないんだ。新入部員を、勧誘、しないから」
「廃部が決まってるとか?」

 新入部員を勧誘しないという言葉に、思い切った質問を投げかければ、ギョッとした様子で結衣はブンブンと首を振る。「廃部にならないよ、できないよ!」となかなかの大声で叫んで、乃梨子をギョッとさせたかと思えば、しょんぼりと肩を落とす。

「そうじゃなくて。……入部に、ちょっと特殊な資格が必要なんだ。だから入部希望者がいても資格を満たさなかったら、入部、できないの」
「……茶道部なんだよね?」

 乃梨子は詳しくないが、茶道部が和菓子とお茶を楽しみながら、日本古来の礼儀作法を身につける部活動だという一般知識くらいはある。いわば教養を身につける部活動なんだろうに、特殊な入部資格が必要とは、ちょっと他では聞かない話だ。

 乃梨子の言葉に、結衣は「うー」とうなった。どうやら困らせているらしい、と気づいたから、話題を変えようと考えつく。「ええと」と、うろうろと言葉を探して、「じゃあ、一緒に帰る?」という言葉をひねり出した。

 どうやら正解だったらしい。結衣の表情が明るくなって、「うん!」とうなずいた。

目次