MENU
「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

茶道部のおもてなし 第二章

目次

(2)

「うん、そうだよ。学園長が茶道部の顧問なの」

 ようやく待ちに待った、茶道部部活動の時間だ。

 結衣と一緒に和室に移動したところ、まだ、だれもいなかった。だから職員室から鍵を借りて、和室の鍵を開けて二人になったところで、乃梨子は疑問を口にした。茉奈がいっていた、学園長が茶道部の顧問という話は事実なのか、と。あっさりと結衣はうなずく。

 あたしもくわしくないんだけどね、と前置きしてから、結衣は続けた。

「この学園の創立者にましろさまが助けられたことが、すべての始まりらしいんだ」

 それまでのましろさまは人間と距離を置いていたあやかしだったが、その人間に助けられたことによって、考えを変え、恩返しのために学園を守るようになったのだという。

「でもね、ましろさまって学園にとっては部外者じゃない? だからいろいろな方法で学園に入ろうとしてたんだけど、失敗の連続だったんだって。そもそもましろさまを見ることができる人は当時も限られていたし、見ることができても耳が狐のままでしょ? だから学園を守るどころか、学園から追い払われてばかりだったらしいのね」
「待って。ましろさまのあの耳は、狐の耳なの?」

 乃梨子が途中で疑問を口にすると、結衣は「らしいよ」と短く答える。

「ましろさまの正体は、とても大きな、白い狐なんだって。調べてみたら、狐は長生きすると天狐というあやかしになるみたい。ほとんど神さまみたいなあやかしなんだって」
「か、神さまなの……」

 教えられた事実に絶句していると、「びっくりだよね」と結衣は笑う。

「でね、話を戻すけど、この学園の創立者は、そういうさまざまな失敗をしながらも学園を守ろうとしているましろさまの姿に心打たれてね、ついには茶道部の先生という形でましろさまを受け入れたらしいよ。で、創立者の子孫である学園長が、ましろさまのカモフラージュをしているの。実際に、翔太先輩たち目当ての人が入部したときは、学園長がビシバシに鍛えたみたい。指導が厳しいから茶道部を辞めた人がいるって話は事実なんだ」

 はじめてこの学園について知ったとき、母親に見せられたホームページを思い出す。

 学園長の写真が掲載されていた。上品そうなおばあさんだったと覚えてる。たしかに着物を着ていたから、茶道の指導をしていても、違和感はない。

 それから学園の創立は明治時代だったと書かれていたことも思い出した。あの時代に、そんな出来事があったのか。正直、まだ信じられないけれど、ましろさまという人が存在している。事実はネットより奇なり。現実である以上、受け入れるしかないのだ。

「さてと」

 乃梨子に説明しながら、結衣はサクサクと動いていた。

 電気ポットでお湯を沸かし、部員分の茶碗を出す。棚にしまってあった来客用の懐紙と菓子切りも取り出して、乃梨子に渡す。

「手際がいいね」

 結局、話を聞くだけでなにも動いてなかったことを申し訳なく思いながら言うと、「へへ」と照れくさそうに結衣は笑う。

「若菜先輩の指導がいいから。……そうだ、乃梨子ちゃん。先輩たちは名前で呼んだほうがいいよ。苗字で呼んだら、翔太先輩も隼人先輩も振り返っちゃうから」
「あ、そうか。そうだよね」

 乃梨子がそういったところで、ふすまの向こうから扉を開く音がする。「もう誰か来てるー?」と言う若菜の声が聞こえて、結衣が「はーい」と応えた。ふすまが開く。

「二人とも来てたのね。北原くんは今日はお休みなのかな」
「剣道部が忙しいみたいで。ましろさまのお菓子を食べたいってぼやいてました」
「あはは。高橋兄弟も用事があるみたいだから、今日は三人だね。ましろさまが来るまで、簡単におさらいしてよっか。まず、持ち物の説明をするね」

 そういいながら若菜は自分の通学カバンから小さなポーチ、帛紗ばさみを取り出した。

 結衣が持っていた帛紗ばさみとは違うデザインだ。深い抹茶色に、金銀の刺繍が施されている。結衣の帛紗ばさみは白地に赤系の刺繍が施されていて、とてもかわいかった。でも若菜の帛紗ばさみもシックに落ち着いていて、素敵だなあと感じる。

「奈元が説明してたと思うけど、これは帛紗ばさみ。茶道で使う持ち物を入れてます。で、中に入れているものが、こちら」

 若菜は帛紗ばさみを開いて、赤い布や扇子、懐紙に菓子切りを取り出した。

「この赤い布がふくさ。昨日、ましろさまがお茶を立てるときに紫色のふくさを使っていたと思うけれど、お茶を点てるとき、茶器を清めるときに使います。扇子はおじぎをするときに、自分の前に置くもの。それから懐紙や菓子切りはお菓子を食べる時に使います。……中村さんは日曜日に帛紗ばさみを買いに行くんだっけ?」

 結衣が乃梨子を見た。乃梨子は笑顔でうなずいて、若菜に答える。

「はい。奈元さんと日曜日に買いに行く予定です」
「よかった。いろんなデザインがあるからね、好みのものを選ぶといいよ。扇子も、開かずに使うものだけど、好きな絵柄が描かれてるものを買うとテンション上がるし」

 そう言いながら、若菜は扇子を取り上げてぱらりとひらく。水色の和紙に、金銀の波が描かれている扇子だ。結衣も扇子をひらいて見せてくれた。薄桃色の和紙に、紅い梅の花が描かれてる。

 ここまで来ると、二人の好みがわかってくる。若菜は大人びて落ち着いたものが好きで、結衣はかわいらしく女の子らしいものが好き。乃梨子の好みはどちらかといえば若菜に近いけれど、かぶるものは持ちたくない。どんなものがあるかなあ、と、ちょっとウキウキしていると、二人の持ち物でかぶるものに気づいた。赤い布だ。

「この布、ふくさですっけ。これは二人とも同じデザインなんですね」
「ああ、これはね。女性は赤、男性は紫、って決まってるんだ。だから高橋兄弟も北原くんも紫色のふくさを使ってます。大きさも決まっていてね、正絹のものが扱いやすいと言われてるかな。お店の人に聞けば、ピッタリしたものを選んでくれると思うよ」

 そう言いながら若菜はふくさを三角におって、スカートのベルト部分にはさんだ。かと思えば、折りたたむような動きで外して、流れるように四角にまとめる。そうして結衣が座卓に並べていた道具のなかから、丸い茶器を取り上げてすっすとふたをぬぐう。

 あ、と乃梨子は思い出した。

 そういえば、昨日のお手前でましろさまが同じように茶器を清めてた。思い出してしまうと、ちょっと落ち着かない気持ちになる。若菜が微笑んで、また、ふくさをスカートにはさんだあと、いったん置いた丸い茶器のふたをはずした。中には抹茶の粉が入ってる。

「これがなつめ。抹茶を入れておくもの」

 それから、座卓に並んでいる道具から、耳かきのような道具を取り上げる。

「これが茶しゃく。なつめから抹茶の粉をすくいとって茶碗に入れるもの」

 両手に持った道具を置いて、今度は竹製の泡立て器のような道具を取り上げた。

「茶碗に抹茶とお湯を入れたら、この茶せんで抹茶をかき混ぜてお茶を点てます」

 なつめ、茶しゃく、茶せん。

 ひとつひとつの道具の名前を繰り返していたら、母親との会話を思い出した。

 いま、教えられた茶道具の名前は、母親もつらつらと口にしていたっけ。祖母が茶道をしていたと教えてくれたけれど、茶道具の知識がある母親も茶道に触れていたのかもしれない。

「究極的には、この茶せんと茶碗と茶しゃく、それから抹茶とお湯があれば茶道を楽しむことができます。通販サイトをのぞくと、セットで販売もしてるよ。ひょっとしたら家でゆっくり、茶道を楽しんでいる人は多いのかもしれないね」

 若菜がそう言ったとき、扉が開く音がした。

目次