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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

あなたのマリナーラ (22)

目次

(22)

 わたしたちは与えられた情報を、すぐにエットレに渡した。

 ファミーリアの益を聞き出せなかったことに関して、さいわい、お叱りはなし。ただ、男が打ち明けた話を報告すると、エットレは奇妙な表情を浮かべて沈黙した。半信半疑とは、ちょっと違う表情だった気がしている。でも、深く追求する間もなく、わたしたちは次の指示を受けた。

 すなわち、書類に書かれている人員の身柄確保だ。ウーノ班、ドゥーエ班、トレ班、それぞれで動いて、手際よく身柄確保できた。いかさま賭博はまだ成立していなかったから追求できなかったけど、辞退者たちへの暴行、恐喝等の罪状で捕縛した。

 ただ、アドリアーノじいさんの息子だけがわたしたちから逃れた。

 おそらくマーネで育った事実が、彼に味方したのだろう。どこかに潜んでいると推測できているけど、どこに潜んでいるのか、さっぱりつかめないありさまだ。

 それなのに、時間は過ぎる。

 明日はいよいよピッツァフェストの開催日だ。アドリアーノじいさんの息子と云う懸念材料を抱えたまま、わたしたちは本日の準備を終えた。不安は残るがしかたない。と云うわけで、日直であるわたし以外は皆帰宅している。もう一人、ディーノも日直なんだけど、彼はいま、夕食を買いに出かけているところだ。

(ラウロのマリナーラが食べたい)

 ぼんやりと長椅子に横たわって、しみじみと思うことはそんなことだ。

 もう何日、ラウロのピッツァを食べていないんだろう。
 食べたい、食べに行きたい。
 こんなことならもう少し、余裕のある時に食べに行っておけばよかった。なんでわたしはラウロに会いに行かなかったんだっけ? そう考えて、ああ、と閃く。

 そうだ。中毒のようにラウロを求めていたから、良くない影響だって考えていかないことに決めたんだ。莫迦なことをした。我ながら本当に、莫迦な決意を固めたものだ。

 好きなのに。

 結局のところ、好きでたまらない。それだけなのに、むずかしく考えすぎた。

(この件が終わったら、ピッツァフェストが終わったら、食べに行きたい)

 でも、わたしはもう、ラウロの店に行けない。
 なぜなら、アドリアーノじいさんの息子を捕縛するために、動いたのだから。

 息を吐いて起き上がろうとしたところで、事務所の扉が叩かれる。どんどん、と何度もだ。あれ、と気づいた。ディーノならノックなんてしないで、すぐに入ってくるはずだ。だから緊急の用事を抱えた一般市民だろうか。そう考えながら扉を開けると、

「助けてくれ!」

 ラウロが飛び込んできた。驚いて硬直したけど、ラウロは気にした様子もない。
 どうしたの、と訊ねながら迎え入れると、ラウロはすぐにわたしの腕をつかんできた。痛い。ちょっと眉を寄せてしまう強さでつかまれた。それだけ必死なんだ。わたしも表情を引き締めた。

「なにがあったの」
「リーチャが、リーチャがレオに捕まったんだっ」

 少し眉間にしわを寄せて、ラウロの言葉を反芻して、ようやく事態を飲み込んだ。

「逃亡中の、アドリアーノじいさんの息子さんが、リーチャを捕まえたってこと?」
(どうしてそんなことに)

 ああ、と、もどかしく応えたラウロは、教えてくれた。

 ここ数日の捕り物から逃れたレオはどうやら、リーチャの働くサンタマリア孤児院に潜んでいたらしい。ラウロやリーチャがいた孤児院は、幼いレオにとって絶好の遊び場所だったから、建物の構造に詳しかったのだ。倉庫に潜んでいたのだけど、仕事で倉庫を訪れたリーチャがレオを見つけたのだ。レオはリーチャを捕獲し人質として、孤児院の面々に逃走の手助けを要求している――――。

 事情を聞きながら、慌ただしくわたしは準備をした。

 ディーノが戻ってくるまで待てるほど、時間に余裕がない。相手は追い詰められた鼠だ。はやく対応しなければ、リーチャが危ない。ディーノへはメモを残しておこう。

 一人でも対応できるよう、わたしをサポートしてくれる魔道具を身につけて、ラウロと共にサンタマリア孤児院がある三区に飛び出る。急いでいるものだから、途中、馬車を捕まえる。

 がたがたと揺らされながら、馬車のなかでラウロと向き合った。もどかしそうな様子だ。はやく現場についてくれ、と念じているさまがよくわかる。わたしも同じ気持ちだ。レオがリーチャを傷つけたら、と考えただけで、ぞっとする。ふと、レオはラウロたちがいた孤児院で遊んでいたという言葉に気づいた。

「アドリアーノじいさんの息子さんは、ラウロたちと親しかったの?」
「ああ……」

 うわの空で応えて、はっとラウロはわたしを振り返った。

「なんだって?」

 どうやら聞いてなかったらしい。質問を繰り返すと、ちょっと複雑に顔がゆがむ。

「幼馴染だよ。おれたちのおやじもピッツァイオーロだったから師匠とはライバルで、友達だったんだ。だからおれたちも仲良くて、おれたちが孤児院に入ったあとも、レオのやつはよく遊びに来てくれたんだ。おれらのところに、と云うより、レオはリーチャと仲良しだったから……」

 そう云って、ラウロはひと息つく。

「だから、レオにリーチャを傷つけられるはずがない。わかってるんだけど」
「ちなみにサンタマリアの院長さんは、なんて?」
「リーチャの安全には代えられない。レオの逃走の手助けをしようって。でも副院長が、おれに、自警団のところに行けって。出来るだけ、時間稼ぎをするからって」
(時間稼ぎか)

 ただ、往々にして立てこもっている犯人は、そういうからくりに気づきやすいものだ。
 リーチャが傷つけられていませんように。どうか、間に合いますように。
 わたしも必死に祈りながら、馬車に揺られ続けた。

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