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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

あなたのマリナーラ (23)

目次

(23)

 到着したサンタマリア孤児院は、明らかにいつもと様子が異なっていた。

 なにせ、子供たちが庭に遊びに出てきないのだ。かといって建物のなかで遊んでいるような、にぎやかにかわいらしい歓声も聞こえない。じっと息を潜めているような、そんな気配が漂っている。馬車から降りるなり、ラウロは「こっちだ!」、そう云って走り出す。わたしも慌てて追いかける。建物を大きく横切って、奥にある倉庫に向かう。すると倉庫の扉付近には、人がたくさん鈴なりになっていた。おかげで倉庫側からわたしたちが見えない。ほっと安心しながら、人を押しのけて進もうとするラウロを捕まえた。

「なんだよ!」

 そう云いながら振り返ったラウロに、あえて厳しい表情を向ける。

「このままじゃ、自警団のわたしが来たと相手に気づかれる。ここにいるから、副院長かだれか、責任者を連れてきて」
「……わかった」

 うなずいたラウロが移動した後、わたしは人の群れからちょっと離れて倉庫を観察した。

 半端に開いている入口に、ちらりと人影が見える。レオとリーチャかな。すぐに倉庫内に入れる位置に居座っているみたいだ。さらに視線を動かして、レンガを積み上げた二階部分に窓があると気づいた。でも荷物が積まれてるから、そこから侵入できない。

 リーチャを取り戻す作戦を考えていると、ラウロが修道女を二人を連れて戻ってきた。ひとりはひどく小柄な老女、もうひとりは背が高い中年の女性だ。中年の女性が進み出て、副院長だと名乗った。わたしも自己紹介して、さっそく相談に入る。お互いの意見や情報を交換して、基本的な作戦をまとめる。要求に従うそぶりでリーチャを取り戻す、と云う案に対し、副院長もラウロもうなずいた。でも老女、――――院長はうつむく。

「レオはいい子なのです。なのに、説得するのではなくだまし討ちにするのですか」

 軽く非難されてしまって、わたしは困ってしまった。ラウロと副院長も顔を見合わせて困惑している。ただ、この件に関して、云い分はこちらにもある。

「おそれながら院長、いい子であっても、幼馴染を人質にしていい理由になりません」
「そういうつもりでは……。わたくしはただ、他に方法があるのではないかと」
「あるのかもしれませんが、万能ではないわたしたちにはこれが精一杯です。なにより、悪いことをした子供は叱らなくてはいけないでしょう? 彼はすでに間違えている。このうえさらに、逃走まで成功させては彼のためにならない。少なくとも、かつて仲良くしていた幼馴染を利用するような、そんな行為を、院長はお認めになるのですか?」
「カールーシャ、その辺にしといてくれ」

 辛辣な物云いで反論したわたしを、ラウロがやんわりと止めに入った。「院長センセ」、やわらかく呼びかけて、小柄な彼女と視線を合わせるように腰をかがめる。

「レオのこと、心配してくれてありがとう。でも、さ。こいつの云う通りなんだよ。レオは追い詰められてる。このまま逃がしても、あいつは居場所がなくなる。不幸だよ。このままじゃ、ずるずると堕ちていってしまうばかりだ。だったらここで止めてやりたい。リーチャだって、きっとそう考えているはずだから」
「ええ、ええ。わかりますよラウロ。でも、……哀しいですね」

 ラウロはカラッと笑ってみせた。

「いまはね。でも、これからもあいつとの付き合いは続くんだ。だから気にしないよ」
「――――あいにくだが、ラウロ。わたしはおおいに気にするぞっ。なにせわたしはあいつに脅されたのだからなっ!」

 そこで割り込んできたのは、なぜだか唐突に出現したカットゥロだ。

 わたしたちは驚いて振り返り、ぜいぜいと肩を揺らしている彼を見つけた。「リーチャが」、ぜいぜい、「レオに」、ぜいぜい、「人質にされていると聞いてなっ」、と、荒い呼吸の合間から説明してきたカットゥロの背後に、ディーノを見つける。なるほど、ディーノが連れてきたのか。でも、どうして。疑問を込めて見つめると、軽く肩をすくめてきた。

「なぜか事務所の前にいたんだよ。で、おまえのメモを見つけて出ようとしたら、くっついてきた。わたしは行かなければならないのだ、とかなんとか云ってな」
「なにしにきたの」

 素朴な疑問をカットゥロにぶつけると、「あうっ」とよろめく。いいから。芝居じみた演出はもういいから、さっさと事情を説明してほしい。ラウロからも軽く頭をはたかれて、カットゥロは口を開いた。あれ、と不思議に思う。ラウロの態度が、元に戻ってる。

「わたしも反省したのだよ。ただ、師匠の身体を慮って、やすやすとレオの脅しに屈した自分自身を。師匠からの言伝もある。だから、ここにやって来たのさ」
「アドリアーノじいさんからの、言伝?」

 その名前を出されて、罪悪感を奇妙なほど刺激された。
 わたしはただ、それだけを云って、追求を留めてしまう。他に言葉が出てこない。

 ラウロがふいに振り返ってわたしを見つめてきた。
 じーっと見つめてくる眼差しを強く感じて、耐え切れなくてうつむく。少しの間があって、ラウロがカットゥロに話しかける声が聞こえた。

「あの話を、レオに?」
「うむっ。そうしたらあいつにも師匠の深い愛がわかるだろうからなっ。さすがは師匠、毎日、飲んだくれてだめだめだと思っていたが、ちゃんとまともな部分も残っている!」
「微妙な云い分だな。師匠を見誤っていた自分へのフォローのつもりかよ」
「なにおう。おまえこそ、兄弟子の行為を誤解した自分を反省したのかなっ」

 なにについて話しているのか、さっぱりわからない。

 顔をあげて二人のピッツァイオーロを見比べていると、ディーノが二人に割って入る。
 頭をつかんでごつんとぶつけるやり方で二人を沈黙させて、ディーノはわたしを見た。うん、とうなずいて、わたしは倉庫に向き直った。

 とにかく、作戦開始だ。

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