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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

宝箱集配人は忙しい。

目次

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 結論から言うと、僕の記憶喪失は外傷が絡むものではなかった。

 医師がどこを診察しても、僕の肉体には損傷がない。ストレスも記憶喪失の原因になるというが、心当たりがない。にもかかわらず、おととい、仕事を終えた後から今日に至るまでの記憶が、確かにないのだ。これから記憶に刻まれる出来事を忘れる可能性も低いだろう。だから首をひねりながらも、医師は「問題なし」と判断し、秘書どのの元に向かおうとする僕を送り出してくれた。秘書どのはギルドの応接間にいるという情報を得て、僕は足早に向かった。応接間の入り口に立っていた部下が、驚いたように僕を見る。

「室長!」
「心配かけたね。中に入ってもいいかい」

 僕がそう言えば、「もちろんです」と部下は引いてくれた。扉を開ければ、秘書どのと、なんと貴公子が向かい合って座っていた。思いがけない組み合わせに、目をパチクリと瞬かせていると、秘書どのが席から立ち上がった。

「もう大丈夫なんですか」
「うん。ちょっとばかり記憶がないことをのぞけば、僕は健康体だよ。それよりどうしてここに彼が?」

 秘書どのに訊ねれば、「それは大丈夫と言えるんですか」というツッコミをしてから、秘書どのがソファに座ったままの貴公子を振り返る。

「彼が、室長の発見者です。室長のご友人らしいですが」
「そうだよ、僕の友人だ」

 僕がキッパリと言い放てば、秘書どのはちょっと沈黙して、苦笑を浮かべた。そのまま退いてくれた秘書どのに代わって、僕は貴公子の真向かいにあるソファに腰掛ける。

「このたびはご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」

 そう詫びれば、貴公子も苦笑を浮かべた。

「いや。わたしが騒ぎすぎたのだ。街の入り口でそなたを発見したとき、追跡者の存在を思い出してしまってな。そなたを確実に保護するなら、冒険者ギルドに通報したほうがいいだろうと考えたのだが……」

 結果、貴公子は第一発見者、兼、容疑者として事情を詰問される羽目になったのだ。

 僕は申し訳ない気持ちになった。

 この人は間違いなく善意で、僕のためを想って行動してくれたのだ。にもかかわらず、不要な疑惑を招いてしまった。もう一度頭を下げようとしたら、貴公子は頭を振ってそんな僕を押し留めた。「それよりも」と心配そうな表情で言葉を続ける。

「先ほど、記憶がないと言っていたが」
「ああ、そうなんです。実はおととい、仕事を退勤してから先ほど目覚めるまでの記憶がないんですよね。街の入り口で見つかったそうですが、なんで僕はそんなところにいたんだろうと首を傾げている始末です。外傷の痕跡はないから、安心してるんですけれどね」
「安心、していいのか? もしや、よからぬ思惑を持った輩になにかされたのでは」

 僕の言葉を聞いて、複雑な表情に変わった貴公子が言うものだから、からりと言った。

「まさか。僕にそんな思惑を持つものなんていませんよ」
「そなたは、あの晩についていた追跡者の存在を忘れたのか?」
「ありがたいことに、優秀な秘書どののおかげで、その件は解決済みです。だから余計に、今回の件は不可解なことこの上ないんですが」

 そう言いながら僕は、困惑に眉を寄せた。

 なんだろな。今の状況には確かに不安要素がいっぱいで、自分自身がこの不可解な状況の当事者だという理解もできているのに、深刻になりきれない。僕自身はどこか楽観的にこの状況を捉えてる。僕はそこまで楽観的な思考の持ち主だっただろうか。

 僕は冒険者ギルドの中間管理職として、この国の機密をいくつか知っている。その機密が漏れた可能性を危ぶむべきなのに、症状が出ていないというだけで、それはないと確信している。根拠が薄いにもかかわらず、大丈夫だと断言したがってる。僕はそんなに楽観的な思考の持ち主だったか。

 だとしたらそんな自分にがっかりだ。

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